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「今、何をしていますか?」と、竜崎が問いかけてみても、すぐに返答はやって来なかった。どこかぼんやりした史香の声が電話線を伝ってこちら側へ届いたのは、たっぷりの無音のあとだった。
『ええと、特には……思うさま怠惰を貪っていました』
竜崎はチラリと自室の時計を確認した。なかなか特殊な経緯を以ってここにいる史香だが、本来の身分であれば勉学に勤しんでいる時間である。
『いいじゃないですか。だって、暇なんですもん』
「まだ何も言っていませんよ」
まるで竜崎の挙動をその目で見ていたかのように、史香は拗ねた口調で言う。当然さらなる応酬が来るかと思いきや、
『……竜崎さん?』
何やら、窺うようにして名前を呼ばれた。
「はい。どうしました?」
『こっちの台詞なんですけど……何かあったんですか? あ、捜査の話とか』
「いえ、違います。史香が何をしているのか、ふと気になったので」
『……えーと……それだけの用事で?』
「はい。邪魔をしましたね。では」
簡潔に用件を済ませ、竜崎は受話器を置く。
さて、と竜崎はいつもの格好でソファーに座り直した。テーブルの上には捜査資料と白いケーキ箱がある。もちろんどちらも余さず片付けなければならない。飲みさしのティーカップを摘まみ上げ、空いた方の手をまずは資料へ伸ばそうとしたところで、
「――いったい何なんですか!!」
史香が騒々しくドアを開け放った。
「それは、いきなり押し入られた私が聞きたいことですが……」
中途半端な体勢のまま、竜崎は史香に呆れた視線を向ける。
どうやら電話が終わってすぐに飛び出してきたらしい。史香は息を切らしながらも傲岸に肩をそびやかし、ずかずかと中に踏み込んでくる。
「竜崎さんが変な電話をしてくるからでしょう。落ち着いて昼寝もできやしません」
「夜に眠ればいいと思いますよ」
「日が高いうちにごろごろすることに意義があるんです!」
胸を張って言う台詞ではない。
史香は竜崎と同じくソファーに腰かけると、抗議を体現せんとばかりに断りなくケーキ箱を膝に置き、取り出したエクレアをむしゃむしゃやりだした。ああ……
悲嘆に暮れる竜崎を尻目に、史香はこともなげに言ってのける。
「まったくもう。次からは思わせぶりなことしないで、普通に呼んでくださいね」
――面食らい、思わず史香をつくづく見やった。
史香は普段と変わらず、澄ましたふうでいる。自然と、己の口角が上がるのを感じ、竜崎はそれを隠すために紅茶を一口啜った。
「……そうですね。次はそうします」
「はい、そうしてください」
それまでの不機嫌な態度を取りやめ、史香は竜崎と目を合わせて微笑む。
竜崎は、今度は捜査資料ではなくパソコンのキーボードへと手を伸ばした。ワタリにもう一組のティーセットを持って来させるために。
夏目漱石が『月がきれいですね』、
二葉亭四迷が『しんでもいい』
と訳した「I love you」。
----- Lは『今、何をしていますか?』と訳しました。
http://shindanmaker.com/321025
というのにとっても萌えたので。