Practice makes perfect.
「では、今日はこれで解散ということで」竜崎の一言で、捜査員の皆は互いに労りや励ましの言葉を投げかけ合いながら、それぞれリビングを出て行く。
捜査員たちのアドバイザーと呼ぶにはやや頼りなく、マスコットと呼ぶには和み分の足りない史香がその列に続こうとするのを、竜崎はソファーの上から呼び止めた。
「史香。ちょっといいですか」
「な、何ですか、竜崎さん」
史香はどことなく気まずそうに振り返った。
「この前のタルトの件なら、あれはワタリさんのご厚意によるもので竜崎さんに隠れて食べたとかそういうのでは決してなくてですね……」
「その件ではなく。……いえ、また後で詳しく聞かせてもらいたいですが」
自爆したことに気付いて口を噤む史香。
竜崎はソファーから降りると、そんな彼女の前に立った。その手首を取って、顔の高さまで持ち上げる。しげしげと見やっても、飾り気のない指には何の跡もついていない。
「……何故していないんです」
されるがままの史香は、目をぱちくりとさせた。
「何をですか?」
「指輪をです」
さて、先日めでたくプロポーズを受け入れてもらった際、すでに指輪が用意されていると知って史香は臍を曲げた。
憧れはないと言っていたわりに、自分でも選びたかったと主張する史香の機嫌を取るのにはなかなか骨が折れた。さらに言うと籍ももう入れてあったりしたのだが、それを告げた時には史香はちょっと怒ったような顔で「私は竜崎さんのことを甘く見ていました」と感想を述べるだけに留まった。
そういった経緯があったので、今でもよほど腹に据えかねているのかと思ったら、どうやら杞憂だったらしい。史香はけろりとした様子で言う。
「ああ、それならちゃんと大事にしまってあります」
「虫除けの意味がない……」
「虫って、相手ほぼ名指しじゃないですか。そんな心配は不要ですって」
「指輪が気に入らないというわけじゃないんですね?」
「あー、あれは、私もちょっとわがままを言いました。そんなことは思っていませんよ」
「では、他に何か?」
「えーっと、あ、ほら、私、普段アクセサリーとかつけていませんし。万が一失くしたりしても怖いですしね」
「本当の理由は何なんですか」
史香は嘘をついている。前者はそのとおりだとして、後者はそんな殊勝な性分ではあるまい。そう指摘してしつこく食い下がると、史香は俯いた。
「それは、だって……」
「だって?」
さらなる追及。床に視線を這わせていた史香が顔を上げ、一息にまくし立てた。
「……だって、仕方ないでしょう! 私は浮かれている自分を他人に見せたりするの嫌なんです! それに、捜査会議の間中ひとりで指輪を見てにやにやしていたりしたら、絶対みんなに引かれるじゃないですか!」
何だそれは。ぜひ見たい。
と思ったのを、竜崎はおくびにも出さなかった。神妙に切り出す。
「史香、私がいろいろと勝手をしたことは謝ります。ですが、指輪を身に着けてもらえないのは悲しい。私は、人に贈り物をしたのもそんな気持ちになったのも、あなたがはじめてなんです」
こういう態度に史香が弱いと、わかっていての所業である。
「そっ、それは……申し訳ないとは……」
案の定、史香はうっとたじろいだ。長年の探偵業により培ってきた勘が、行けると告げている。
「つまり史香は、指輪をつけることで嬉しさを滲ませてしまうのが恥ずかしいというわけですね?」
「わざわざ言い表さないでくださいよ!」
「であれば、もっと恥ずかしいことに慣れれば気にならなくなるのでは?」
「…………まったく意味がわかりませんね……」
史香はあからさまに呆れてみせた。
「そんなことを言って、いったい私に何をさせるつもりなんですか」
「私も、口で言うのは憚られます」
「……ワタリさんに言いつけますよ」
「…………」
今度は竜崎が、顔には出さないまでもたじろぐ番だった。何をどう学んだのやら、的確に萎えるポイントをついてくるな……
「では、史香がワタリには言えないようなことをするので……」
「どれだけのことを!?」
前々から思っていたことだが、どうも史香は竜崎に妙な誤解を抱いている節がある。今からさらに深まるかもしれなかった。
手首から手の甲をなぞり、そして明日には指輪がおさまっているだろう箇所をそっと撫でる。何だかんだ言いつつ史香は本気で怒らないし、決して逃げはしないので、竜崎も調子に乗ってしまう。
この私に捕まったのだ。諦めて、習うより慣れてもうらうしかない。