午後三時過ぎの平穏

 恋人同士が長らくデートできないなんてありえない――つまり、夜神月と二人きりでどこかに出かけたい、というのが、第二のキラ容疑で拘置中である弥海砂の主張だった。
 捜査本部のワンフロアを占める海砂の居室にて、世界一の名探偵と、その追跡をかわし続ける世界的犯罪者、もとい頭脳明晰の東大生を揃えておいて、果たして投げかけるにふさわしい命題であろうか。まず、己の立場を正しく理解しているのかすら怪しい。
 ……まあ、何にしたって史香には関係のないことだ。我関せずと、出されたケーキに厳かにフォークを入れていると、海砂は出し抜けに同意を求めてきた。
「ねっ、あなただってそう思うでしょ!」
「はあ……」
 史香はそちらをろくに見もしないで、適当な相槌を打つ。左手の皿も右手のフォークも置かない。しかし、それらのささやかなアピールは彼女には通用しなかった。
「一万歩譲って、ダブルデートでもいいわよ。竜崎さんとは、普段どこに行ってるの?」
「竜崎さんとは、捜査本部と大学以外では会ったことがありません」
「ええ!? なにそれ、信じられない!!」
「別に、私と竜崎さんは、そんなことをする間柄ではありませんし……」
 少々雲行きが怪しくなってきた。露骨にながら、話を逸らすことにする。
「で、弥さんはどこに出かけたいんですか?」
「えっ? うーんと、そうねー、ミサはライトとならどこだって構わないけど、ベタに遊園地とか!」
「この顔触れで? 頭は大丈夫ですか? あ、悪かったですね」
「はあっ? な、何よっバカにして! あなたが聞いてきたんじゃない!」
 憤慨する海砂には取り合わず、史香は「この顔触れ」をぐるりと見回した。
 竜崎と夜神月を繋ぐ忌々しい手錠のせいで、二つあるソファーには史香と海砂、竜崎と月という組み合わせだ。海砂の矛先が史香に向いているのをいいことに、月はひとり思案に耽り、史香の対面に座る竜崎はおやつを完食するのに集中している。
 この四人で遊園地……うん、ないな。
「大体、遊園地だと竜崎さんがアトラクションに乗れません」
「……なぜそう思うんですか?」
 と、唐突に口を挟んできたのは、竜崎だった。最後に残しておいたらしい苺を頬張り、皿が空になった後も未練がましくフォークを銜えたままでいる。
 こちらのやりとりをまるで気にも留めていないようだったのに……史香は微笑み、無作法を気にせずフォークの先で竜崎を指し示した。理由は一目見れば明らかなのだ。
「だってその座り方だと、絶叫系なんか落っこちますよ」
 安全バーを手前に倒すタイプの座席なら、膝を立てて座ればまず体が固定されまい。そう言うと、会話の輪の外にいた夜神月までも、ああ、と納得したように頷いていた。けれど、竜崎は異議を申し立ててくる。
「ローラーコースターに乗るとしたら普通に座りますよ、推理する必要はないですから」
「それはどうでしょう? 探偵が遊園地に行って、殺人事件に出くわさない可能性とは?」
「遭遇するのに職業は相関しないと思いますが……日本の犯罪発生率からして、まずありえないでしょう」
「そこはほら、お約束ですから。ジェットコースターなら、竜崎さんの前にいる乗客の首がいつ飛んでもおかしくありません」
「何の話ですか……」
 ……などという戯言はさておき、海砂の提案には微塵も現実性がなかった。竜崎はカメラのある場所に赴くのを忌避しているし、そもそもこの状況下で、キラと第二のキラ候補の二人を揃って外に出すわけにはいかない。
「えぇー! 遊園地デートは!?」
「ミサさんは、月くんがいるならどこでも構わないのでしょう。ここで我慢してください」
 海砂がショックに打ちひしがれている隙をつき、竜崎はひょいと身を乗り出して、彼女の手付かずの皿を大胆に奪取した。……どうして隣の夜神月のではなく、わざわざ斜向かいの海砂の分を取るのだろうか。知らず、史香の眉間に皺が寄る。
史香は……」
「何ですか?」
 なんだかイラッときていたところに竜崎が言いさしたので、無意識に刺々しい声を発してしまった。それに気付いているのやら、逆に起伏のない調子で続ける竜崎。
「どこかに行きたいんですか。史香がそう言うのなら、考慮しますが」
 えっ、と史香は竜崎を見返した。史香をまっすぐ見つめる竜崎は、そのせいなのかフォークを口元へ運ぶたびにぽろぽろと屑を零している。
「贔屓じゃない!」
「被疑者は諦めてください」
 海砂がキッと顔を上げたのも、あっさり受け流した。
「……えっと、」
 不思議なことに、さっきまでのイライラは跡形もなく綺麗に消えてしまった。
 史香はその、ぽっかりと空いた隙間を思索で埋める。せっかくの竜崎の提案だったが、おそらく本来であれば、竜崎は火口確保までの間に捜査本部の外に出ることはすまい。下手をして、漫画のストーリーの流れを変えるのは避けたかった。それに……
「気にしなくていいですよ。私も、竜崎さんがいる場所ならそれでいいですし」
 一瞬で、場に沈黙が満ちた。
 なぜか皆が黙りこくる微妙な空気の中で、
「…………それならいいんです。私もなので」
「あら、気が合いますね」
「そうですね」
 竜崎が淡々と頷いたのと同時に、海砂がバシンとテーブルを叩いて立ち上がった。
「あなたたち何なのよ!? ミサをダシにしていちゃつかないでよね!」
「いちゃついてなんていませんけど……弥さん、自分の希望が通らなかったからといって、難癖をつけないでもらえますか」
「あ、あなた、それ、本気で言ってるの?」
 やたらとつんけんする史香に海砂はいよいよヒートアップし、関わり合いを避けるように月は無言のままソファーに身を沈める。竜崎はもう他人事でケーキをぱくついている。――そして、監視モニターによりそれらすべてが筒抜けになっているメインフロアの捜査員たちは、ぎこちなく聞こえないふりをしながら互いの進捗を報告し合う。
 いつもの平穏な午後の風景であった。