君ありてこそ
「以上が、明日の手筈となります。質問などなければ、これで散会としますね」そう締め括り、七桜は皆の顔を見回した。会議室として利用しているこの部屋には、明日の出陣に携わる刀剣男士たちが一同に会している。
「……あー、戦とは関係ねえことなんだけどよ」
「構いませんよ。何でしょうか、和泉守さん」
和泉守兼定が切り出したのに応えると、「それだ」と指で差された。それ、と言われても。七桜はきょとんとして首を傾げる。
「名前だよ。何でそんな長ったるい呼び方すんだ?」
「……あ」
「オレのことは兼定でいいって言ったろ。つか、いつもはそう呼んでるじゃねえか」
「それは、今日は歌仙さんが一緒にいますから」
和泉守兼定と歌仙兼定、名を見ればわかるように、どちらも同じ刀派の作だ。刀剣男士の数が増えるにつれ、刀工や刀派を同じくする刀たちも増えてきた。となると、それぞれ名前も似通ってくる。
名を挙げられた歌仙兼定が、ふむ、と顎に手をやった。
「僕のことも、いつもは歌仙とは呼ばないね。君、場に応じてわざわざ呼び名を使い分けているのかい?」
「いえ、そういうわけではなく……」
単に、七桜がうっかりしていただけである。
なるべく被らないよう呼び分けているつもりでも、いかんせん人数が多いし、名簿やらを作って厳密にチェックしているのでもない。迎え入れた時期がずれれば、しばらく気付かないままで過ごしてしまったりもする。今の場合がそうだ。呼び方がすっかり定着してしまっていたので、二人が揃っている場面でだけ呼び分けようと思ったのだけども。
「ま、これだけ刀剣が集まれば、被りもするだろうな」
という感想を述べたのは、本丸で圧倒的多数を誇る粟田口派、薬研藤四郎だ。それを皮切りに、他の皆も口々に話題に乗ってきた。
「ここに来た当初は、主殿は拙僧を国広と呼んでおられたな」
「僕は、堀川物じゃ二番手だったからなあ」
「……どうせ俺は写しだからな、国広の名じゃ呼べないだろう」
今回は縁のある刀同士を組ませてみようと思ってこのメンバーを召集したのだが、失敗だった――いろいろ拗らせている山姥切国広がマントをますます深く被り、膝を抱えてしまったため、七桜は慌てて言い募る。
「あっ、あのっ、山姥切さん? 本当に、そんな意図はないんですよ? 今の呼び方が嫌なのでしたら変えますし……」
「ようし。言ったな、七桜」
と、真っ先に反応したのは、なぜか山姥切国広ではなく和泉守兼定だった。
「今さら和泉守っつーのも他人行儀が過ぎる」
「はい、では、何と呼びましょう? ……か、兼さん?」
「あ、いいですね!」
「それはやめろ」
堀川国広と和泉守兼定は、同時に正反対のことを口にした。
「ええっ、兼さん、駄目かな? 主さんも一緒にこう呼んでくれるの、いいと思うんだけどなー」
「うるせえ。お前みたいな手合いは一人で勘弁してくれ」
朗らかに話す堀川国広に、和泉守兼定は露骨にうんざりしてみせる。……まあ、普段からあれだけ兼さん兼さんと呼ばれていたら、そういう反応になるのかもしれない。
「オレは兼定で、二代目は歌仙でいいんじゃねーの?」
この提案には、歌仙兼定が不平をあらわにした。
「待ってくれ。歴代兼定でも随一の僕が、なぜこの名を譲らなければならないんだ」
「オレだって、最近流行のかっこいーい刀だぜ。いいじゃねえか、若者に道を譲ってくれたってよ」
「いいや、納得いかないな」
「しょーがねえなあー。それじゃ……」
和泉守兼定はしばし眉間に皺を寄せ、むずかしい表情を作っていたが、そう経たないうちに「わかった」と膝を打った。そして、得意げに告げる。
「七桜。これからオレのことは、強くてかっこいい方の兼定さんと呼べ」
「は、はあ、えーと……」
七桜は返事に困った。さすがに肯んじがたい。
救いを求めて他の刀剣たちを見やったが、一同は「子供か……」みたいな視線を本丸最年少の刀に送っている。堀川国広は苦笑に留めているものの、山伏国広と山姥切国広までとは、よっぽどである。
同じ兼定たる歌仙兼定が、皆を代表して苦言を呈した。
「……それはないだろう。雅じゃないにもほどがあるぞ。それに、僕が弱くてかっこわるいみたいな言い方はやめてくれないか」
「んなこた言っちゃいねえよ、アンタは文系で風流な方の兼定だろ?」
「そういうことじゃない」
「わーったわーった、文系で風流で、みやびなほう……な!」
「増やせばいいというものでもない!」
次第に歌仙兼定の語気が荒々しくなってきた。
そもそもの発端は七桜だ。刀剣男士たちにとって、銘や出自というのはアイデンティティーのひとつであり、重要な意味を持つのだろう。安易に名を縮めて呼ぶべきではなかったか……
今さらながら不安になった七桜は、この言い争いには注意を払いつつ、隣に座る薬研藤四郎にこっそり問いかけた。
「……もしかして薬研さんも、藤四郎さんと呼んだ方がよかったでしょうか? それとも、薬研藤四郎さん?」
「いや、それじゃ、大将が呼びにくいだろう。粟田口は兄弟が多いからな、気にしてないぜ。それに俺の場合、薬研の号は勲章みてえなもんだ」
「そうですか。だったら、いいんですけど……」
それでもまだ顔を曇らせていると、薬研藤四郎は笑って言う。
「おいおい、大将、もっと大きく構えてくれよ。俺っち、大将についていくと決めたんだ。大将が呼んでくれる名前が、俺の名前さ」
「や、薬研さん……」
思わぬところで嬉しい言葉をもらい、七桜はじーんとなった。
といった光景を目の当たりにした兼定たちは、
「……弟よ。我々は不毛な争いをしているんじゃないだろうか」
「おう、奇遇だな。オレもそう思ってたところだぜ、兄貴……」
刀工どころか時代も異なるため、そう呼び合う関係には決して当てはまらないのだが、思わず暗黙のうちに兄弟の契りを交わしてしまったのだった。