文の作法
訪いに応じて私室から出てきた歌仙兼定に、七桜はそっとそれを差し出した。「兼定さん、これ、受け取ってもらえますか?」
「おや、なんだい」
歌仙兼定は物珍しげに目を細め、つくづくと見やる。七桜が手にしているのは花をつけた小振りの桜の枝で、彼が問うたのは、折り枝の根元に結ばれた文を指してのことだ。
「もしかして、歌でも詠んだのかい?」
「いえ、新しい内番表です」
「……雅じゃないな」
あからさまにげんなりとされてしまった。歌仙兼定は胡乱なまなざしを寄越しつつ、けれどしっかりと枝を受け取ってくれはする。
「まさか、全員にこうやって配って回っているんじゃないだろうね。自然のものでないとはいえ、無闇に枝を折るのは感心しないぞ」
「あ、違いますよ。これは風で折れてしまったみたいで、たまたま拾ったんです」
「そうか、それならいいんだが」
歌仙兼定はひとつ頷き、手中の桜に目を落とす。その拍子に柔らかな――それこそ咲きほころぶとあらわすべきような、笑みがこぼれた。彼のこういった仕草の端々に、ああ、やはり芸術を愛した武将の刀なのだな、と七桜はいつも思わされる。
「せっかく綺麗に咲いているのに、捨ててしまうのももったいないでしょう。兼定さんは、こういうのお好きかなって」
「そうだね。実に――」
「風流、ですか?」
「……だねえ。主もわかってきたじゃないか」
「ふふ。ありがとうございます」
互いに顔を見合わせ、笑った。
本丸の庭は七桜の霊力で保たれていて、樹は腐ることはないし、花が散りきることもない。そんな紛い物であっても、ひとの身体を得た歌仙兼定は、思うさま愛でて楽しんでいる。だから枝を拾ったとき、いちばんに顔が浮かんだのだ。また、彼は刀剣男士の中でも殊に内番を忌み嫌っているので、お願いする側としてはこうして目を楽しませるくらいの心遣い(というほどのものではないけれど)があってもいいだろう。
「まあ、こういう作法は、恋文を贈るときにやるものだけれどね」
「……えっ!?」
「ああ、やはり知らなかったかい」
「す、すみません、兼定さん。そういうものとは」
当人は何でもないことのようにさらりと言ってのけるが、七桜の方はそうはいかない。知っていたら、仮にも神を相手に審神者の立場でそんな真似ができようか。しかし歌仙兼定は、呵責に駆られる七桜の謝罪を半ばで押しとめた。
「僕は構わないさ」
「でも……」
「ただね。他の者には、こうやって文を渡さないように。特に平安の刀は、真に受けてしまうかもしれないよ」
もし機嫌を損ねたのなら、彼ははっきりとそう告げる性分だ――はじめて内番を頼んだとき「君は何を考えているんだ?」と面と向かって苦言を呈されたくらいには――から、本当に気を悪くしてはいないようだ。だったら、忠告を素直に受け入れることで詫びとしよう、と七桜は思い直した。
「はい、これからは気を付けます」
「そうするといい。……しかし、僕は文をもらうのは初めてだけれど。内容はともかく、いかにも趣があるものだねえ。文系名刀の僕にはぴったりだ。君もそう思うだろう?」
と、最後の言葉は問いかけのかたちをしていながら、その実、断定の意味で使われている。それがわかったから、「そうですね」という七桜の返事はついくすくすと笑い混じりのものになってしまった。
「なら次もぜひ、花と一緒に贈ってくれよ」
「構いませんけど……」
七桜は了承しながらも、内心で首を傾げた。
皆には無理を言って内番をこなしてもらっているのだから、少しでも気持ちよく果たしてもらえるのなら、このくらいのことはもちろん尽力するにやぶさかではない。でも、さっきまでのは、文の作法としては間違っているという話だったのでは……あれ?
なんだか腑に落ちないが、歌仙兼定は満更でもないようだし、まあいいか、と七桜は気にしないことにした。
「そうだ、ちょうどいい花器があるんだ。これは床の間に飾らせてもらうよ」
「あっ、はい、どうぞ」
「どうぞ」の「ど」くらいで、歌仙兼定は部屋の奥に引っ込んだ。押入れから花瓶を引っ張り出してきぱきと用意を進めて、すぐにああでもないこうでもないとためつすがめつ活け始める。途中で「君も来るといい」と招かれたので、七桜は最初は敷居の向こうから、そのあとは歌仙兼定の隣でそれを見守った。
はじめは興味深かったものの、そのうち、不安になってくる。
「あの……枝はおまけですからね。文も読んでくださいね。内番、明日からですからねっ」
「わかっているとも」
だけど、このまま解かないでいる方が風情があるだろう。歌仙兼定は文付枝から視線は外さずにそう言った。
「結わえられている間なら、何の文だか、誰にもわからないからね。ひょっとすると、そこに書かれているのは恋の和歌かもしれない」
「いえ、内番の順番ですよ」
「無粋だなあ、僕の主は……」
不平を鳴らすも、歌仙兼定の横顔はちょっと笑っていて、どことなく楽しげだ。文をもらうという、刀にはできないことを為せたのが、よほど嬉しかったのかもしれない。
普段は刀を握る手が、七桜にはよくわからない枝の微妙な角度を調えている。それを眺めながら、次はすぐに解いてもらえるような手紙をつけてみようかな、と七桜は考えた。