触れていたいもの

 遠足から園児たちが――もとい、遠征から短刀たちが帰ってくると、七桜はまるで家業を変えたかのような気分を味わう。何か子供たちの面倒を見る職種だとか、そういうものに。
「あるじさまーっ」
「あ、今剣さん、お帰りなさ――ひゃあっ」
「わあーっ、主様がーっ」
「主君、ご無事ですか!?」
「うぅっ……はい……」
 今剣の突進は日に日に威力が増してきたようだ。戦場でも発揮されているなら、頼もしい限りである。五虎退と前田藤四郎に助け起こしてもらい、改めて、七桜は皆を見回した。
「皆さん、遠征の成果は――」
 彼らの表情を見れば、尋ねずともその答えが窺い知れよう。思わず笑みがこぼれてしまう。
「大成功だったみたいですね。皆さんのおかげで、資源の不足も随分解消されました。どうもありがとうございます」
「はいっ、いっぱいほめてくださいっ」
「わわ……す、すみません……」
「この身に余る光栄です」
 順繰りに頭を撫でていくと、得意げに胸を反らしたり、恥ずかしそうに身を縮こまらせたり、しっかりした受け答えながらもはにかみを見せたり……と、三者三様の反応がある。
 ふと、やや離れたところから、秋田藤四郎と小夜左文字がこちらを眺めているのに気が付いた。まだ本丸に来て日が浅い二人だ。秋田藤四郎が遠目にもそわそわしているのを見て取り、七桜は笑って手招きする。
 ぱっと顔を輝かせ、すぐさま駆け寄ってくる秋田藤四郎。他の三人と同じように撫でてあげると「わあっ、嬉しいですっ」と、無垢な笑顔が返ってきた。
「お二人は、遠征は初めてだったでしょう。問題はありませんでしたか?」
「はいっ。資源だけじゃなくて、主君へのお土産話がたくさんあるんです」
「わ、それは楽しみですね。ぜひ聞かせてください」
 小夜左文字の方は――と目を向ければ、彼は七桜との距離を詰めることなく、その場から淡々と応じた。
「戦じゃないんだ、何も起こらないよ」
「はい、小夜さんがご無事なのが何よりです」
「そんなこと、別に……」
 七桜は笑いかけたが、目を逸らされてしまった。
 兄二人に負けず劣らず……と言ってよいものだろうか。さてどう接するべきか、七桜が内心で頭を捻っていると、今剣が軽やかに彼のもとへ駆け出した。
「さよも、あるじさまになでてもらいましょう!」
「……僕はいいよ。必要ない」
「だめです! なかまはずれはよくありません!」
 と、小夜左文字の背を押して、前に出そうとする。小夜左文字がいまだ皆に馴染めていないからだろうか、いつも他の刀剣たちに面倒を見てもらっている今剣がお兄さんぶっているのが何とも微笑ましく、愛らしい。
「そうですね。小夜さんだけ仲間外れはいけません」
 今剣に同意して、七桜は小夜左文字の前まで行って膝をついた。目線を合わせると、彼の瞳に戸惑いがよぎる。
「僕を撫でて、あなたに利があるとは思えないな……」
「そんなことはないですよ。私は小夜さんとこうしてお話しできて、楽しいし、嬉しいです。小夜さんはどうですか?」
「……僕は……よくわからない」
 それきり、俯いて黙ってしまった。七桜がそうっと頭に触れてみても、何も言わない。
「さよ、よかったですねっ」
 今剣がにこにこして声をかける。小夜左文字は、返事の代わりにちょっと溜息をついたようだ。けれど、七桜の手を撥ね退けたりはしなかった。
 妙に緊張した面持ちで成り行きを見ていた短刀たちが、それぞれほっと胸を撫で下ろしている。……うん、この分なら、きっと皆すぐに仲良くなれるだろう。
「――よお、大将。恒例行事は終わったみたいだな」
「あっ、薬研さんも、お帰りなさい」
「おう、帰ったぜ」
 薬研藤四郎が姿を見せたので、七桜は立ち上がって迎えた。
 何かと気の利く彼は、出陣や遠征に加わった際には、いつも後処理をすべて済ませてから七桜に報告を持ってきてくれる。
「――と、今回はこんなところだな」
「わかりました。いつもありがとうございます、薬研さん」
 報告書に記載しなければならない詳細を聞き終え、ではここはお開きに……という流れになったとき、不意に今剣が不思議そうに問うた。
「……あるじさまは、やげんのことはなでてあげないのですか?」
「えっ?」
 思いも寄らない問いかけに、七桜は目をぱちくりとさせる。
 薬研藤四郎を見ると、彼もまた当惑したような表情を浮かべていた。顔を見合わせるしかない二人に、今剣は新しい知識をひけらかすみたいにして、腰に手を当て告げる。
「なかまはずれはだめなんですよ。あるじさまも、さっきそういいました!」
「はあ、ええと……」
「仲間外れってなあ」
 薬研藤四郎は、今剣の突拍子もない言をどうやって収めようか、などと思い巡らしているに違いない。しかし、七桜は悩んでしまう。
 見た目こそ短刀らしい少年の姿を持つ薬研藤四郎は、面倒見のよい性格で、短刀たちに限らず皆の世話を焼く、それこそお兄さんのような――粟田口兄弟には正真正銘の長男がいるけれど、穏やかで優しい彼とはまた別に――頼もしい存在だ。
 七桜も、今日までたくさん助けられてきた。だから今剣の指摘どおり、彼を子供扱いしたことはあまりなかったかもしれない。とは言え薬研藤四郎だって、今剣や小夜左文字や五虎退、他の藤四郎兄弟たちと同じく短刀こどもなのである。
 もしや七桜はこれまで、浅慮にも分け隔てのある振る舞いをしていたのではあるまいか――
「……大将。また妙なことを考えてるんじゃねえだろうな」
「いえ……あの、すみません、薬研さん。私、薬研さんがあんまりしっかりしているものだから、こういうのはお嫌かなって、今まで勝手に決め付けてしまっていました」
「あのな大将、俺っち別に――」
「いいえっ、皆さんに平等に接することも審神者の務めです。さ、どうぞ!」
 七桜は両手を広げ、彼に負けぬ包容力をアピールした。
「いや……どうぞと言われてもな……」
 薬研藤四郎はしばらく不承知らしい様子ではあったが、七桜の意志が固いと悟ると、ついには諦めた。腹を括ってからの彼の行動は早い。潔く七桜の懐に入る。
「ほらよ、大将。大将の気が済むようにしてくれ」
「ありがとうございます。では、失礼して……」
 七桜は厳かに彼の頭に手を置いた。
 見た目の印象のとおり、綺麗な黒髪はさらさらしている。撫でるたび、指の間を通っていく髪の感触は柔らかで、気持ちがいい。
 薬研藤四郎は何も言わないし、周りの短刀たちも、七桜たちがそうしているのをなぜだかじっと大人しく眺めている。
 七桜は、短刀たち以外にはこういうことはしない。そして、今まで薬研藤四郎がその対象でなかったのは、そもそも彼を子供だとは思っていなかったからで……
 何だか、急に恥ずかしくなってきた。
「ど、どうでしょうか?」
「うん。存外、悪くねえかもな……」
 どうやらそれは七桜だけではないらしい、顔を伏せているから表情まではわからないが、薬研藤四郎は耳どころか首筋まで赤くなっている。もともと色白なので、よく目立つのだ。
 わあ、照れてる。あの薬研さんが……
 手触りが心地よいのと、貴重な光景を目の当たりにしたのと、当人を含めて誰も止めないのとで、すっかり引き際を見失ってしまった七桜は、たまたま通りかかった打刀に声をかけられるまでずっと薬研藤四郎を撫で続けていた。


 以降、本丸では……
「大将、帰ったぞ」
「あ、お帰りなさい、薬研さん。えーっと、……本日も、ありがとうございました」
「……おう」
 と、面映そうに薬研藤四郎の頭を撫でる七桜と、同じくぎこちなくそれを享受する彼の姿が見受けられた。そして、
「やーんっ、薬研兄かわいいっ。ねえねえ今剣ちゃん、次は七桜にこう言ってみて?」
「ふむふむ……おかえりなさいのぎゅーを……」
「乱兄。ほどほどにしておかないと、あとで叱られても知りませんよ……」
 それを隠れて見守る短刀たちがいたとかいなかったとか。