あなたのいちばんになりたい
出陣のない日には、刀剣男士たちには好きなように過ごしてもらっている。宛がわれた部屋にこもったり、内番でもないのに家事や手合わせに精を出したり……と、彼らの余暇の過ごし方は様々なようだ。今日も、七桜が広間を覗いてみると、手が空いている幾人かが銘々に寛いでいる。
そのうちのひとり、団子を食べていた大和守安定から声がかかった。
「あれ、七桜ちゃん。どうしたの?」
「あ、安定さん。清光さんを見ませんでしたか?」
「見てないけど……」
答えつつ、大和守安定は軽く広間を見渡した。つられて七桜自身も首を巡らしてみるが、残念ながらここにはいないようだ。
「なに、あいつ、またわがまま言って拗ねてるの?」
「いえ、そういうわけでは。ただ、ちょっと、私が清光さんを怒らせてしまって」
「それがわがままなんだって」
大和守安定は団子の串を持ちなおし、七桜を示してずばりと言った。
「七桜ちゃん――加州に甘いよね」
沖田譲りの冴えた一撃に、七桜はうっとたじろぐ。
「そんなことは……な、ないように心がけているのですけど」
「へえ、大将、自覚はあったんだな」
「……うぅ」
傍で会話を耳にしていた薬研藤四郎にまで、心底感心したふうに応じられてしまっては、七桜は小さくなるしかない。皆同じ条件下で力を貸してもらっているのだから特定の男士を贔屓すべきではない――と、頭ではそう理解しているのだが、どうやら実践できていないことは自他ともに認めるところらしい。
「すみません。審神者として、皆さんには平等に接しているつもりなのですが、私の配慮が足りず……」
「謝ることはないよ」
と、しおしおと頭を下げる七桜を押し止めたのは、にっかり青江だ。
「君にとっては、彼は初めての刀だからね、多少特別扱いしてしまうのも無理はないさ」
「は、はあ、そのとおりですが……その言い方よしましょうよ……」
何かと妙な言い回しを好む彼である。名前のとおりの笑みを浮かべているにっかり青江の言に乗り、大和守安定が続ける。
「そうそう。七桜ちゃんが悪いわけじゃないよ。ぜんぶ加州清光が悪い。あいつ昔からああなんだ、主に依存しがちっていうか、すぐ寄りかかって、沖田くんのときもさあ……」
大和守安定は、前の主の話となると途端に饒舌になる。今度の話も長くなりそうだな、と七桜がちらりと考えたのを見透かしたかのように、薬研藤四郎が机上の急須を手に取った。
「おっと、空か。茶ぁ注いでくる」
「あ、うん。お願いするよ」
「……あっ、あの、お邪魔しました。私、もう少し清光さんを探してみますね。ついでにお茶も淹れてきますから」
七桜は会話の流れが途切れたのを見計らい、お暇することにした。断りを入れて急須を受け取り、広間を後にする。そうして、廊下を幾許も歩かないうちに、
「なーなーおーっ」
「ひゃあっ」
突然後ろから抱きつかれ、七桜は悲鳴を上げた。
「え、き、清光さんっ!?」
危うく急須を取り落とすところだった。びっくりして振り向こうとするも、首元にしっかり相手の腕が回っていて叶わない。体重をかけられているわけではないので、重くはないけれど、どうにも身動きが取れないのだ。彼の艶やかな黒髪が七桜の頬をくすぐる。
「清光さん? あの、もう怒ってないんですか?」
「べっつにー」
今にも鼻歌でも歌い出しそうに、七桜の肩口に顎を乗せ、加州清光は嘯いた。
「俺、最初から怒ってなんかないしー」
嘘ばっかり……
七桜は思ったが、結局は口を噤んでおくことにした。せっかく機嫌がよくなったのを、いたずらに損ねることはあるまい。
正直に言うと、彼が臍を曲げた発端となったやりとりがどんなものだったのか、些細なことすぎてもうよく思い出せはしない七桜だ。拗ねている理由もよくわからないまま、いつの間にか彼が上機嫌になっていて収束するパターンは、これまでも多々あった。今回は、一体全体どうしたというのだろうか。
「そっか、七桜は俺が初めてかあー、そうだよなー」
……あっ、なるほど。先の話を聞いていたらしい。腑に落ちたような、落ちないような……よくわからないが、それの何かが加州清光の琴線に触れたようだ。
「あの、清光さん?」
けれど、誤解のないように、これだけは言っておかないといけない。七桜は己の首にしっかりと巻きついている彼の腕に、そっと手のひらを重ねる。
「確かに、清光さんは私が初めて降神させた刀ですけど……その、そういうのに関係なく、いつも助けてもらって、清光さんには感謝しているんです」
「七桜……」
加州清光が、感極まったような呟きを漏らした。七桜は急に気恥ずかしくなる。顔が見えない体勢でよかった、おかげで常なら言えないことも言ってしまえる。
「それに、だから……えっと、清光さんのこと、ちゃんと、だ、……だいじにおもっ」
「はいはーい! 加州ちゃんが初めての刀だったら、アタシは初めての大太刀ってとこ~!?」
「……思っ、て……」
唐突に会話に次郎太刀が割り込んできて、七桜はこのまま慙死してしまうかと思った。
大きな酒瓶を振り回す彼の巨躯が(しかも目の前にいて)視界に入らないはずがないのだが、どういうわけだか、今の今までまったく気付かなかったのである。
さ、遮られたうえに、聞かれた。このとっても恥ずかしい台詞を……
羞恥に打ち震える七桜をよそに、加州清光は、七桜に張り付いたまま声を尖らせる。
「ちょっと、少しは空気を読んでよ。オカマは呼んでない」
「えーっ、ノリ悪いなー」
ふたりは平然と七桜越しに言葉を交わしている。えっなにこの晒し刑……
「――じゃ、僕は主の初めての脇差になるねえ」
「俺っち初めての粟田口だな」
にっかり青江と薬研藤四郎が広間の障子から顔を覗かせて言う。
まあ、よくよく考えれば、広間のすぐそばでこんなことをやっていたら、すべて筒抜けになっていてもしょうがない。しょうがないのだが……
「じゃあオレ初めての来派の短刀ー」
「ボクは初めての乱れ刃かなっ」
「あ、ごめん、それ僕の方が先だね」
「えー、なあんだ、ざんねーん」
……明らかにさっきより人数が増えている。
と、不意に肩の重みが増し、七桜はその場に膝から崩れそうになったのを何とか寸前で耐えた。何事かと見ると、浮き沈みの激しい加州清光が、今度は沈む方にずぶずぶいっている。耳をすませばどんより呟く声が聞こえてくる。
「そうだよな、七桜の刀は俺だけじゃないし……七桜、毎日鍛刀してるしさ……俺じゃ駄目なんだよな……」
「…………お前さ、馬っ鹿じゃないの?」
大和守安定が、新しい団子に手をつけながら遠慮なく言い放った。
泥土のようにのしかかる加州清光を支え、七桜はたまらず叫ぶ。
「清光さん、さっきの聞いてました!? だから、そういうの関係なくですねっ……皆さんも清光さんで遊ぶのやめてくださいよっ機嫌なおしてもらうの大変なんですからー!!」
その後、加州清光に再び浮上してもらうのに、七桜は実に二刻を要した。