湯けむり叙情

 刀剣男士たちは、よく一緒に風呂に入る。
 それは仲が良いからとかそういった理由ではなく(一部の短刀たちはあるいはそうかもしれない)、出陣や遠征、内番が終わった後で「さあ一風呂浴びて汗を流すか」となった場合、同じグループの面子は自然と入浴時間が被るのである。
 幸いなことに、彼らのほとんどがあまり持ち合わせていないなけなしの譲り合い精神や協調性を発揮するまでもなく、大人数の入浴が叶うくらいには本丸の風呂は広い。
 そんなわけで、その日も何人かの刀剣男士たちは同時刻に風呂の前に集っていた。中に入らないのは、戸にこのような札がかけてあったからだ。
審神者が入浴中です。
ごめんなさい(>人<;)
「……前から気になっていたんだけど、最後の文字は何て読むんだろう?」
「あー、それ、俺もわかんなくて七桜に聞いたら、手を合わせて謝ってる絵なんだって。顔文字っていう」
「へえ、絵か。何だかかわいいね」
「なるほどー。言われてみると、確かに顔に見えますね!」
 加州清光が答えてやると、問いかけを発した燭台切光忠と、興味津々で顔文字を眺めていた鯰尾藤四郎が感心して頷く。
 一方で、同田貫正国と獅子王は難しい顔をした。
「顔か、これ? 見えねえな……」
「俺もよくわかんねえなー。これが手でー……この点々は何だ?」
「汗らしいよ」
「汗!?」
「ますますわからねー」
 と、漫画的表現の理解に苦しんでいる。
「汗かあ、それは俺も見えないかなあ――長谷部さんはこれ、顔に見えます?」
 鯰尾藤四郎は、先程から一向に会話に加わろうとしないへし切長谷部を振り返った。へし切長谷部は札を一瞥し、余裕綽々と断言する。
「主が白と言えば、鴉も白いものだと思え」
「あ、見えないんだ……」
 しばらく顔文字談義に花が咲いたが、いつまでもここにいても仕方がない。誰からともなく出直そうという話になった。皆が踵を返す中、ところが鯰尾藤四郎だけがしかつめらしい顔つきで風呂場の札を見つめ、その場に立ち尽くしている。
「鯰尾、どうした?」
「いやあ。今、この向こうで、七桜さんが湯浴みしてるんだなあと思って……」
 全員が足を止め、そして長い沈黙が横たわった。
 獅子王がよろめく。
「おっ、お前……誰もが思っていても言わなかったことを……」
「…………俺は思ってねえ」
「あっずりい! こういうのは一蓮托生だろ!?」
 実際の胸中はどうあれ早々にいち抜けようとする同田貫正国と、いちばんに乗ったゆえに喧々とそれを非難する獅子王。二人を横目に、加州清光だけがあっけらかんとした態度で言い放った。
「なに言ってんの? 風呂なんだから、そんなの当たり前だろ」
「あれっ、加州さんそういうのないんですか? 意外だなあ」
「加州くんは主を純粋に慕っているんだねえ」
「何だよそれ……ま、まあ、否定はしないけど」
 照れながら顔を背ける加州清光には、「とにかく愛されてればそれでいいタイプなんだな」「めんどくせーな」という獅子と狸のひそひそ話は耳に入らなかったようだ。
 へし切長谷部は鯰尾藤四郎にじろりと厳しい目を向ける。
「鯰尾。それ以上、主に対し不埒な発言は許さんぞ。……主に仇をなせば斬る」
「そんなことしませんって!」
 鯰尾藤四郎は慌てた。本当に刀を抜きかねないほどの、審神者に対する彼の極端な振る舞いは、本丸にいる刀剣なら誰もが知っていることだ。ちなみに、にっかり青江が今日まで無事に生きていることは本丸七不思議のひとつであった。
「覗きなんて格好悪いよ?」
「光忠さんまで。違いますよ、ちょっとこの戸の向こうに思いを馳せただけじゃないですか――長谷部さん顔が怖いです」
「……もともとだ」
「嘘だあー」
 わいわい騒いでいると、ガラッと風呂場の戸が開いた。
 騒ぎを中断し、皆は一斉にそちらを見やる。六人もの男士が雁首を並べているのを見てあっと驚いた表情をした七桜は、当然ながら風呂上がりなので普段より薄着だし、髪はしっとり濡れて、いつもより血色のよい肌をしている。
 先までの話題も相俟って、一瞬、場を妙な静寂が包んだ。七桜は瞬く。
「えっと……?」
「あのさー、こいつら七桜の風呂ゴフッ」
 応じた加州清光の言葉尻が呻き声に変わったのは、同田貫正国が彼の顔面に裏拳を叩き込んだからである。
「いった! いきなり何するのさ、可愛くなくなったらどうしてくれんの?」
「てめーが余計なことを言うからだろが! だいたい、刀が見た目を気にするんじゃねえ」
「わっ、あの、喧嘩は駄目ですよ!」
 七桜はあたふたと二人の間に割って入った。相手の襟首を掴もうとしていた同田貫正国の腕に手を置いて止める。
「すみません、お待たせしてしまって。急いだつもりだったんですが……」
 待ちぼうけを食わされたゆえの揉め事だと解釈したらしい、萎れて言う。同田貫正国はぐっと詰まり、よそを向いた。
「……別に待ってねえよ」
「そっ、そうそう、俺たち今来たところだしな!」
「僕らのことは気にしないで、ゆっくり浸からないと駄目だよ。ほら、髪もまだ濡れてる」
「え、あ、はい……」
 燭台切光忠が笑顔で七桜の髪を撫でると、七桜はちょっとうろたえて口をつぐんだ。と、彼が本丸一を誇る彼氏力を全開にして話題を向こうへ投げやったのを、
「いやー、女の人の湯上がり姿ってのはいいものですね!」
 鯰尾藤四郎が一直線に打ち返して戻す。
「……すっげーな、お前。ここまで来ると逆に尊敬するぜ」
 獅子王が唸ったとおり、どこまでも明け透けな鯰尾であった。からりと言ってのけたため、七桜も大して気に留めていない。
「はあ、えーと、あ、ありがとうございます。あの、長谷部さん?」
 後半は、突然床に膝をついたへし切り長谷部に向けられたものだ。へし切長谷部は面を伏せ、地を這うような声で七桜を呼ぶ。
「――主」
「はいっ」
 そのいたく深刻な様子につられてか、背筋を伸ばす七桜。へし切長谷部は絞り出すように、重々しく次の言葉を継いだ。
「腹を切ります……どうか介錯を……」
「……なんで!? いえ、は、長谷部さん落ち着いて、と、とりあえず立ってくださいっ、ねっ?」
 七桜が仰天して騒ぎ立てるさまを、他の顔触れは遠巻きに眺めやっていた。
「仇をなしたのか、長谷部……」
「はは、長谷部くんは面白いなあ」
「真面目ですよねー。同田貫さんみたいに黙ってればわかりっこないのに」
「何で俺を引き合いに出す。思ってねえっつってんだろ」
「ねー、俺はやく汚れ落として可愛くしたいんだけどー。先に入るよー?」
 と、刀剣男士たちはやっぱり協調性に欠けていたので、へし切長谷部の自刃を止めるのにひとり奮闘した七桜は湯冷めして風邪を引いた。