今日の第一部隊 弐
戦場へ赴く部隊の見送りには、七桜と近侍の刀が立つ。しかし、今日はいつもよりずっと賑やかだ。というのは、政府からの入電があり、夜の市中にて敵に当たるべしとの命が下ったからである。
野山ではなく市中で敵と刃を交えるとなると、機動や偵察の能力に長ける短刀の出番となる。これまで短刀ばかりの部隊を編成したのは、彼らの特性上、遠征や、敵兵の練度がこちらより明らかに低いと判明している場合のみだった。短刀たちとて立派な刀剣男士だ、主たる七桜があまり過剰に心配してみせるのも申し訳ないが、いたいけな姿をしているだけにやはりどうしても不安が先に立つ――それは何も七桜に限った話でないらしく、保護者もとい縁のある刀たちが列を成して見送りに来ているというわけだった。
皆の胸中をよそに、短刀たちは新しい任務に胸を躍らせているようだ。
「よっしゃー! 祭りだ!!」
「いいなあ……俺も一緒に出陣できたらいいのに」
「蛍丸。君は顕現してまだ日が浅いのだから、まず今の身体に慣れることから始めないといけないよ」
羨ましそうにぽつりとこぼした蛍丸の帽子の上に、石切丸が手を置いた。石切丸は、愛染国俊の見送りにきた蛍丸に、同じ大太刀のよしみで同伴したらしかった。
「そう気ぃ落とすなよ、蛍。今度、同じ戦場に出してもらえないか主に頼んでみようぜ」
「……うん、そうだね。それまでに俺、すっごく強くなっとくから」
「おう、言ったな!」
同じ来派の刀がやって来て、愛染国俊は前よりもいっそう元気に振る舞っている。その向こうでは、三条派の薙刀が同じく三条の短刀に肩車をしてやって、楽しそうな笑い声が上がっていた。
そんな光景を眺めやっていた七桜は、改めて、にっかり青江に向き合った。
「青江さん。今日は、短刀の皆さんをよろしくお願いします。これまでとは勝手が違ってやりにくいかと思いますが……」
「勝手が違うのは君や、他の皆も同じだろう?」
此度の部隊長にっかり青江は、七桜が頭を下げようとしたのをやんわりと止めた。そして珍しく、含むところのない微笑を浮かべる。
「こう見えて僕は、子供は嫌いじゃないからね」
「……そうでしたね。頼りにしています」
だから七桜も、笑って頷いた。にっかり青江は色めいた軽口を好む面はあれど、根は真面目で、短刀たちの面倒見もよい性分なのだ。今日まで過ごした、決して短くはない時間の中で、少なくとも七桜はそう確信している。
一期一振が背筋を伸ばし、真摯な面持ちでにっかり青江に告げる。
「弟たちのこと、何卒、宜しくお願い申し上げる」
「ああ、任せておくれよ。……無垢な少年たちに一から教えてあげるのもいいよねえ。戦のことだよ?」
……思ったそばから悪癖が出た。
宗三左文字が、小夜左文字の傍らにそっと屈み込んだ。
「いいですか、小夜。貞操の危険を感じたときは、この紐を引っ張りなさい。すると大きな音が鳴りますから、変態が怯んだ隙に全力で逃げるのですよ」
と、防犯ブザーを握らせながら言い聞かせている。政府への物資の陳情は、刀剣男士たちもある程度自由に行えるようにしてあるのだが、活用されているようでなによりだ。
わかった、と素直に頷いた小夜左文字は、まさか兄の言が目の前の脇差への当てこすりなどとは思ってもいまい。
「でも、使う機会はないと思うよ」
「いいえ、油断は禁物です。あの手のは、暖かくなると特に多くなりますから」
「この世は……地獄です……」
江雪左文字は暗澹と祈りを捧げている。その眉間にいつもより皺が寄っているのは、新たな戦場が生まれることに嘆きを深めているからというだけではなさそうだった。
にっかり青江と江雪左文字は、ともに出陣した回数が少ない。とあれば、彼の性質の悪い冗談を真に受けてしまうものなのかもしれない。宗三左文字の方はいくらか付き合いが長いので、にっかり青江の人となりを承知の上であの対応のようだが……いらぬ軋轢を生じさせては、と、これまた真面目に受け取った七桜は、あたふたと言い募る。
「あっ、あの、江雪さん、宗三さん。青江さんは誤解されやすいですけど、お仕事はしっかりこなしてくれますし、戦場でふざけたりはしませんよ」
「……おやおや」
すると、にっかり青江は名前にふさわしい笑みをたたえ、すすす、と滑るように七桜に身を寄せてきた。
「君は僕をそんなふうに評価してくれているのかい? 嬉しいねえ」
驚いた七桜が後ずさるまでもなく、刀の鞘が目にも留まらぬ速さで二人の間を遮り、その腹がにっかり青江の喉元にぴたりとそえられる。
「おや、長谷部くん。いたの」
「にっかり青江。それ以上主に近寄ってみろ、その首を圧し切るぞ」
「へえ、鞘で?」
にっかり青江は笑みを変わらず貼り付けたまま、指でつつくように鞘を押し下げる。なにやら剣呑な空気が漂い始めたので、七桜は慌ててへし切長谷部の袖を引いた。
「は、長谷部さん。駄目ですよ」
「……主命とあらば」
へし切長谷部は七桜を見やると、もの言いたげではあったものの、神妙に刀を佩きなおした。元のとおり、七桜の背後に影のごとく控える。
「青江さんも、変に煽らないでくださいね」
「僕のこれは性分だからねえ。……ま、気を付けるよ」
肩をすくめるにっかり青江。一触即発の事態は避けられて七桜は胸を撫で下ろしたが、にっかり青江と左文字兄弟との距離が、物理的にも精神的にも開いてしまった。
副隊長の薬研藤四郎が、やれやれ、とかぶりを振る。
「さっき大将が言ったとおりだぜ、左文字の旦那方。青江の旦那は普段はこう胡散臭いが、こと戦となっちゃあ、いっとう頼りになる実戦刀だ。なあ、いち兄――」
それフォローになっているのかなあ、ぼやくにっかり青江にはお構いなしに、薬研藤四郎は一期一振を仰ぐ。ところが粟田口兄弟の長男は、顔面蒼白だ。
「あ、青江殿。尾籠なお話は、その、私が拝聴しますゆえ」
「これはこれは、意外なお誘いだね――いたたた」
言葉の最後は呻き声に変わった。色を失った一期一振は縋るようににっかり青江の二の腕を掴んでおり、おそらくその手には見た目以上に力が込められているのだろう。
弟の言うとおり同じ一軍ということから築かれていた信頼が、たぶん左文字の兄二人の反応を見ているうちに揺らいできたのだろうな、と七桜は推測する。
「弟たちは平に、平にご容赦を……」
「うんうん、わかったから少しは加減してくれないかな、一期殿。僕は脇差なのだから、あまり激しくされると壊れてしまうよ」
……衝力は刀種最高、打撃力も決して低くない太刀にめりめり握り潰されても笑みを崩さないところはさすがと言うべきか、しかし、にっかり青江はちっとも懲りていない。
長兄のただならぬ様相に、五虎退が子虎を抱きしめ泣きそうな顔でおろおろしているのを、薬研藤四郎が肩を叩いて宥めている。
いつの間にか七桜の隣にやって来ていた石切丸が、身を屈め、耳打ちしてきた。
「出陣前に、不浄の気を祓ってさしあげようか?」
「うーんと……」
七桜は返答に詰まる。
不浄、というのはにっかり青江のあれとかそれとかのことなのだろうけども、石切丸の申し出は皮肉などではなさそうだ。御神刀としての本分を果たせる機会を見つけてどうやら嬉しいのか、声が弾んでいる。
三条派と来派はそれぞれ楽しそうに遊んでいるし、宗三左文字はまだまだ変質者の対処法をレクチャーしているし江雪左文字はひたすら念仏を唱えているし、冗談の通用しないへし切長谷部をここに投入するわけにはいかないし……刀剣男士たちは個性豊かなだけに、数が揃うと収集がつかなくなる。
どうしようと頭を悩ませていると、部隊の一員である前田藤四郎が、丈の短いマントを靡かせながら軽快な足音を立てて駆け寄ってきた。
「主君、ここは早々と出陣してしまうのが得策かと」
と、七桜に進言する。これまでで最も有用な内容であった。
「そうですね……み、皆さーん、そろそろ行きますよー!」
七桜は大きく声を上げて強引にその場をまとめ――と言うよりもぶったぎって、初めて市中へと出立する朝は慌しく終わったのだった。