ちいさいということは
いくつもの軽い足音が、徐々にこちらへ近付いてくる。本丸の庭園に面した広間にいた七桜は、その音を聞きつけてすぐ、廊下へと足を向けた。日の傾き具合からして、そろそろ第二部隊が遠征から帰ってくる頃だろう。
「あー、楽しかった~!」
「そうかぁ? オレはやっぱ祭りのがいいなあ」
「国俊、主君の御前ですよ。――主君、無事戻りました」
七桜が障子から顔を覗かせたちょうどのタイミングで、七桜の予想どおり、帰還を果たした短刀たちが口々に言い合いながら姿を見せる。
刀剣男士たちは、どうやら刀身の長さがその現し身に大きく影響するらしい。太刀や打刀は青年の、脇差や短刀は少年の姿で顕現することが多かった。中でも幼い身体をした短刀たちは、振る舞いもまた子供らしく、彼らが集えば本丸はたちまち賑やかになる。
「皆さん、お帰りなさい。遠征はどうでしたか?」
見た限り、誰も怪我などは負っていないようだ。七桜が笑顔で出迎えると、足元に子虎を纏わりつかせた五虎退が、意を決した様子で前に出てくる。
「あ、主様っ。僕、がんばりましたっ……な、撫でてください!」
「はい、五虎退さん。無事に戻ってきてくださって、ありがとうございます」
「はっ、はい……!」
ご要望にお応えして、七桜は五虎退のふわふわの髪を手のひらで優しく撫でた。その間、五虎退はぎゅっと目を瞑って硬くなっている。
それを見た今剣が、七桜の腕を引いて縋り、舌足らずに訴えた。
「あるじさま、ぼくもえんせい、がんばりましたよ。ししふんじんのだいかつやくです。どうだー、すごいでしょう!」
「ふふ、そうですね、すごいです。今剣さんも、ありがとうございます」
「えっへへへ~」
満面の笑顔の今剣。こうも無邪気な好意をまっすぐに向けられたら、七桜の頬まで緩んでしまう。すると今度は、乱藤四郎が背中に飛びついてきた。
「二人ともずるいっ。七桜、ボクらもー!」
「おい押すなっ、オレはいいって!」
「あの、僕には、不相応かと……」
先の二人を羨んだというよりは、便乗してはしゃいでいるだけなのだろうけれど、愛染国俊と前田藤四郎までを巻き込んで一緒に混ざってくる。
「あっ、これはあたらしいあそびですね。ぼくもさんかしますっ、えいっ」
「ええっ? わ、お、重っ……」
「わぁぁぁ、あ、主様、し、死なないでくださーいっ」
小柄な少年たちと言えど、五人にも鈴生りに群がられればさすがに厳しい。突然課せられた耐G訓練に屈し膝を折った七桜に、けれど救いの手が差し伸べられた。
「おい、兄弟。あんまり大将を困らせんなよ。ほれ、散った散った」
本日の引率の先生、もとい遠征隊隊長を務めた薬研藤四郎である。
あっという間に場を収め、七桜の重石になっている今剣を引き剥がしてくれる。たしなめられた乱藤四郎は、少しも悪びれず、スカートの裾を翻しつつ口を尖らせた。
「薬研兄もう来ちゃったの? あーあ、七桜で遊ぶのはこれでおしまいだね」
あ、遊ばれていたのか……
「ほら大将、手ぇ貸すぜ」
「あ、ありがとうございます……」
がっくりする七桜を助け起こしたあと、薬研藤四郎はてきぱきとことを進める。
「任務は無事完了だ。負傷者は見てのとおりなし――ま、悪くない戦果だろ? 資源は社に運んでおいたから、あとで確認してくれ」
「わざわざすみません、薬研さんもお疲れのところを……」
「なに、気にすんな。大した手間じゃなかったさ」
と、こちらの彼は、体格に反して気風がいい。
そうだ、と七桜は手を打った。
「皆さんのお帰りに合うよう、お風呂の用意をしてあるんです」
夕餉はそのあとにしましょうね、と続ける。ひとの体は汗もかくし腹も減る。彼らがもの言わぬ刀剣であった時分には縁遠かったはずの習慣だが、「わーい、お風呂っ」「いいねいいねぇ」「ありがたく頂戴します」と、銘々の反応を見るに、今ではすっかり馴染んでいるようだ。今剣などは、七桜の周りを嬉しそうに跳ねている。
「おふろ! ゆあみですねっ!」
「今剣さんは、お風呂は好きですか?」
あまりはしゃいで転んではいけないので、七桜はやんわりと今剣の手を取って止めた。ついで尋ねてみると、繋いだ手を振りながらの元気いっぱいの答えが返ってくる。
「はい、すきですっ。あるじさま、あるじさまもいっしょにまいりましょう!」
「えっ……」
七桜はびっくりした。他の短刀たちもぎょっとした表情を見せるが、当の今剣は彼らの視線に気付かずにこにこしている。
はて、と七桜は思案する。男女七歳にして――というが、混浴は何歳くらいまで許されるものだろうか。いや、そもそも……とある結論に至った七桜は、屈んで膝をつき、今剣としっかり目を合わせて、真面目な面持ちで切り出した。
「……今剣さん。ひとつお聞きしたいのですが」
「はい、あるじさま! ふっふっふ、ぼくがなーんでもおしえてあげますよ」
と、今剣は誇らしげに胸を張る。そんな仕草も愛らしい彼は、七桜の目には、やはりいたいけな子供のようにしか映らない。けれど……
「今剣さん、おいくつですか?」
「おいくつ? よわいのことですか? えーっと、ひゃーく、にひゃーく……」
……あっ百単位なのか。
七桜の危惧は当たってしまった。そう、そもそも付喪神というのは、長い年月をかけて成るものなのだ。見た目にばかり惑わされてはいけない。
しかし、指折り数えていたのを「こまかいことはよくわからないですよう」と途中で投げ出した今剣は、穢れのないきらきらした瞳で七桜を見つめてくる。
「あるじさま、それよりおふろです!」
あ、あれっ? なんか、私が考えすぎなのかな。
七桜はだんだん混乱してきた。今剣はこんなに天真爛漫でかわいらしいのに……ひょっとすると自分は些事に拘りすぎているかもしれない。小さい子とお風呂というのは理に叶っているし、別に、問題はない……かも? ないかな?
「わっ、……わ、わかりま」
「たーい将。流されんなよ」
ぽんと頭に手を置かれ、七桜はハッと我に返った。……あっ、あぶない。実年齢はおよそ千歳の曲がりなりにも男性と、危うく一緒にお風呂に入るところだった。
「はぁい、今剣ちゃん。ボクと一緒に乱……汗流そっ?」
「手伝います乱兄。主君、それでは失礼いたします」
「ったく、しょうがねえなあ、今剣は」
短刀たちが、かっさらうように今剣を抱え上げ、風呂場の方へ運んでいく。七桜が口を挟む隙もないくらいに素早い。
「わあっ、これ、おもしろいです! おうまさんごっこですね!」
「わ、いいなあ、おうまさん……」
歓声を上げる今剣、そして彼らの後を五虎退が羨ましそうに追いかけていき、それきり廊下はしんと静まり返った。
ええっと……どうしよう。取り残された七桜は途方に暮れてしまう。
「大将、他にもやることがあるんだろ? 今剣の面倒はあいつらが見るから、心配すんな」
「そ、そうですか? では、お言葉に甘えて……」
薬研藤四郎に言われて、七桜は今日の仕事がまだまだ山積みになっていることを思い出した。そうして立ち上がったところで、あ、と声を漏らす。
「そうだ、その前に、皆さんの着替えを用意してきませんと」
「ああ、悪いな、俺も行くよ」
ふたり並んで歩きながら、薬研藤四郎は七桜を見上げた。
「大将、どこかに出かけるときは俺っち連れてってくれよ」
「どこか、ですか? でも、私は戦場には行きませんから、薬研さんのお手を煩わせるようなことはないと思うんですが……ううんと、万屋さんとか?」
「流されやすそうだからな、大将は。ぼったくりには気を付けてな」
「……うっ。か、返す言葉もございません」
薬研藤四郎の忠告――というには、声にからかうような含みが多分にあるけれど――に、七桜はうなだれるしかなかった。
さて、廊下での騒ぎは、広間にまで余さず届いていた。
「短刀は無邪気でいいねえ……僕も脇差でなく、短刀に磨りあげてもらうべきだったかな」
にっかり青江は物憂げな溜息とともに、そう独りごちる。もとは大太刀の大脇差である彼は、他の脇差よりもずっと背が高く、どちらかと言うと太刀に近い容姿をしている。
その呟きを聞きつけた加州清光は、手にしていた刀の鞘の先でにっかり青江を小突いた。
「おい、むっつり青江。七桜に妙な真似したら、容赦しないからね」
「ひどい言い草だなあ。僕が主に何をするって言うんだい? それに、僕はむっつりじゃない。オープンさ」
「…………叩き斬るぞ」
などというやりとりが、主の知らぬところで繰り広げられているのであった。