scherzando
彼女を見る者は皆、そのまなざしに憐れみを込めてそうしていた。研究所の扉が開いて、奇抜な外見の男が姿を現す。派手な赤い衣装――否、それは血に染まった故のものだった。戦から帰還してその足でここまでやってきたのだろう。
所員たちが畏怖の表情で彼を見つめる中、当の本人はそれらの視線を少しも顧みず、大股でエレインの元へ近寄った。
「幻獣どもはどうです?」
「力の抽出は順調です。問題ありません」
エレインはカプセルの中の幻獣を見つめていた瞳を、彼――ケフカへと向けた。
「そうですか……その調子で、最後の一滴まで搾り取るのですよ」
ヒヒッとケフカは下卑た笑い声を上げた。
それは、以前には決して見せることのなかった類の笑みだ。
「――おい! 何を考えている!」
突然に、ケフカが声を荒らげた。僅かばかりの間沈黙したエレインに何か感じ取ったのか――もともと、彼はエレインのそうした気配に敏感だった。エレインの髪を根元から引っつかみ、乱暴に引き寄せる。引きつる痛みに、エレインは僅かに眉根を寄せた。
肌と肌がくっつきそうなほど近くに、ケフカの顔がある。こうして間近で見ると、化粧の下の素顔が窺えた。ひどく、胸がさざめく。そのまなざしと、それに含まれているものと、そしてケフカの胸のうちを考えると、心が震えた。――彼女の内側にひっそりと、しかし途方もないほどに渦巻いているのは、歓喜だった。
「……あなたのことを」
正直に答えたが、ケフカはそうは思わなかったようだった。不愉快そうに鼻を鳴らして、手を離す。それが物を殴り捨てるような所作だったので、エレインはよろめいてカプセルのコンソールに体をぶつけた。
「エレイン!」
けたたましい物音を聞きつけて、シドが飛ぶように駆けつけてきた。助け起こそうとするのを、
「平気です。……機械のチェックをして。不具合が出たらいけないわ」
エレインは短い言葉で遮った。そして遠巻きにしている所員へ指示を出す。
「不具合が出たらいけないわ~。カーッ! いちいち気に障る女だ!」
ケフカは大げさな身振りでおよそ似ていないエレインの真似をして、それからコンソールを蹴りつけた。
「当たるなら私に当たってください。それが壊れたら、困るでしょう?」
「ああ、そうかい!」
そう言い放って、立ち上がろうとしていたエレインに、ケフカは思い切り爪先を捻じ込んだ。エレインが再び倒れ込むのを見て満足気に笑ってから、踵を返して研究所を出て行く。
「エレイン、お前さんの気持ちもわからんではないが……」
シドが座り込むエレインの肩に手を置いて言った。
「彼に必要以上に関わるのはやめなさい。彼はもう――」
「博士」
エレインはシドに最後まで言わせることをしなかった。シドを振り仰ぐ。
「あなたがそれを言うんですか?」
「…………」
言葉に詰まったシドを置いて、エレインは立ち上がり、ケフカの後を追った。
「ケフカ」
「何です。何か用ですか」
エレインが追いついた時、ケフカには先程までの激昂の影すらも見当たらなかった。最近、彼は感情の揺れが激しい。つまらないことでもすぐに怒り出すかと思えば、次の瞬間にはこうして冷淡に振る舞ったり、幼子のようにはしゃぎまわったりもする。
冷めた一瞥にも怯まずに、エレインはケフカの隣に並んだ。
「陛下へのご挨拶はもう済みました? だったら、これからお暇ですよね?」
「私はね。あなたは仕事でしょう」
「ここの所員はみんな優秀ですから、わたし一人抜けたとしても何の支障もありません」
「……呆れた人だ」
心底そう思っているようなケフカの口調に、エレインはくすくすと声を立てて笑った。
こうしていると、ケフカには異常さの欠片もなかった。今一緒にいるのはかつての――研究助手を辞めて現在の地位に就く前の――彼ではないかと、そんな錯覚さえする。
と、エレインは慌ててその考えを頭から追いやった。そのように思いを馳せていると悟られれば、ケフカはまた爆発するに違いない。ケフカは以前の彼のことに触れられるのをひどく嫌っていた。エレインは顔に出やすいタイプでは決してないのだが、少しでも過去に意識を飛ばせば、いつも気付かれ、痛めつけられる。それは一向に構わないのだけれども、ヘソを曲げられて、これからの二人の時間がふいになるのはいただけない。
「服……今日はずいぶん汚れてしまったんですね」
エレインはそう言って、彼の真っ赤な袖をそっと撫でた。……戦場での彼を、一度は見てみたいものだ。
「手が汚れますよ」
すぐに振り払われたのが名残惜しかった。
「そんなこと、構いません――お着替え、手伝いますよ」
「あなたは使用人ではなく、科学者だと思っていたんですけれどねえ」
ケフカの皮肉に、エレインは口を尖らした。
「ひどいわ。あなたに構うのが、わたしの唯一の楽しみなんですよ?」
ケフカはまた呆れ顔をして、けれどその後、ほんの一瞬だけ、小さく口の端を持ち上げた。
「好きになさい、エレイン」
「…………」
思わず足を止める。
笑いかけてくれた。しかも、わたしの名前まで。
エレインはもう死んでもいいと思った。いや、今死んだらケフカにもう会えなくなる。それは困る。死ぬほど困る。死んでも嫌だ。
先を歩くケフカが振り返った。
「何をしているんです、……来るんでしょう?」
「あ、はい」
「痛むんですか」
「え? ああ――」
唐突な問にぽかんとしたエレインだったが、彼の視線が漂う先に気付いて、その真意に思い当たった。先程、ケフカに蹴りつけられたところだ。
「痛みはしますが……」
「治してさしあげてもいいですよ。皇帝陛下直属の魔導士の技など、滅多に目にできるものではないでしょう」
回りくどいケフカの言葉に、エレインは微笑んだ。
「あなたが、そうしたいなら。ケフカ」
痛みも、癒しも、彼が与えてくれるものなら何でも嬉しい。
エレインは幸せだった。
周囲の――すれ違う人々の目つきが、気味の悪いものを見るようだろうが、身勝手な同情を孕んでいようが、そんなことは問題ではない。
たとえケフカがとうの昔に狂っていようと、彼を愛しているのだ。
エレインはシドの研究室に顔を出した。
「シド博士、今よろしいですか? 第三カプセルの数値が――」
いつものように報告を続けようとして、上司がばつの悪そうな顔をしているのに気付く。そういえば、彼を突き放した日以来、顔を合わせる機会がなかった。今からでも遅くはないだろうと、エレインは頭を下げた。
「先日は申し訳ありませんでした。言葉が過ぎました」
シドは目を背けるようにしながら、顔の前で手を振る。
「いや――いや、いいんじゃ。お前さんの言ったとおり、わしにはお前さんを諌めるような資格はない」
「――シド博士?」
エレインが強い語調で名を呼ぶと、シドはやっと視線を合わせてきた。
その目を見据えて、言葉を区切ってゆっくりと言う。
「わたしは一度たりともあなたが悪いだなんて、あなたのせいだなんて、思ったことはありません」
「しかし……」
「被験者になることを志願したのは、他ならぬ彼なのですから」
言ってしまえば、よくあるような美談だった。
魔導の実験。材料に選ばれた幼い少女。
エレインの同僚だった男が、その少女を不憫に思い、身代わりを申し出ただけの話だ。その後の彼は実験の後遺症で性格が一変し、残虐非道な行いにも喜んで手を染めるようになってしまったけれど。
「そうかね……」
「ええ、そうです」
本心だ。これっぽっちも恨んでなどいなかった。確かにシドは研究にのめりこみすぎて時折倫理観をどこかに置き去りにしてしまうようなところはあるが、それをいつも悔いているような男だった。
「報告を続けてよろしいでしょうか」
「うむ――ああそうじゃ、例のものが完成したよ」
「えっ、本当ですか……?」
エレインの顔が、ぱっと花がほころぶように輝いた。それはそれまでの研究者然としたものではなく、年頃の少女のような表情だった。
「しかし、いいのかね? このようなものを……」
「今更何をおっしゃるんです、博士。素晴らしいです、こんなに早く出来上がるなんて――嬉しい。ケフカもきっと喜びます」
弾んだ声を上げたエレインはややあって我に返り、すみません、と赤くなって俯いた。
「構わんよ」
シドのエレインを見るまなざしは柔らかい。
「エレイン。お前さん、最近家に帰っていないのではないかね」
「そうですね、仕事がありますから。……それが何か?」
「いやなに、このところ、ほとんど外に出ていないのではないかと思ってのう。家族にも友人たちにも、滅多に会っていないのじゃろう?」
「ええ。でも、大した問題ではありません」
エレインはあっさりそう言った。
「そうか。……すまんな、余計な気遣いだったようじゃ」
「いいえ、そんなことは。ありがとうございます」
シドから包みを受け取って、エレインはにっこり笑った。
報告を終えてエレインが研究室を辞した後も、シドはじっと彼女が消えた扉を見つめていた。その瞳に湛えられているものは、親子ほどに年の離れた娘への親愛の情でも、優秀な部下に対する信頼の情でもない――
憐憫だった。
次にケフカが研究所を訪れた時、彼は今度こそ赤い衣装を着ていた。彼の姿は会うたびに色彩が狂っていくようだった。
「ケフカ、話があります」
忌々しそうにぶつぶつ言葉を吐きながら機械に当り散らしているところに、エレインは声をかけたが、彼は何とも応じなかった。顔も上げない。
「ティナの話です」
そう言うと、いつもよりべったりと白粉を塗りたくっているケフカの顔の筋肉が、ぴく、と動いた。
「言ってごらんなさい」
――興味を示した。ようやくこちらを向いてくれたケフカに、エレインは嬉しくなって微笑んだ。
「今日は――いかがでしたか」
「質問の意図がわかりかねますね」
「ですからティナの話です。今日、戦場に出たのでしょう」
「ああ――」
ケフカは大きな声を上げて笑った。嘲笑である。
「いかがでしたか、と言われてもね。泣いてばかりで、まったく使い物にならない」
エレインは首を傾げるようにして言った。
「彼女の魔導の力は本物ですよ」
「力は持っているだけでは意味がない。使わなければね」
すげない返事。想像どおりの台詞だった。
「……では、これをどうぞ」
懐から取り出したものを、ケフカに差し出す。
銀色に輝くサークレット。
ケフカはそれを見て、次いでエレインを見やった。その訝る視線を受けて、エレインは口を開く。
「あやつりの輪、と言います。先日捕えた幻獣の魔導エネルギーを利用しています。装着するだけで使用者の思考を操作できるものです」
「これをティナに使えと?」
ケフカはそれを受け取らず、探るような目つきをした。
「そのとおりです。――女が泣くのはお嫌いでしょう?」
「…………」
まるでそれが自明の理であるかのように言い切ったエレインに、ケフカは一瞬呆けた顔になる。
しかし、すぐに唇を歪めて笑みの形を作った。
「ええ、ええ、そのとおりですね。まったく、鬱陶しいったら! アナタも、たまには気が利くじゃアありませんか」
「光栄です」
「しかしまあ」
ひったくるように手にしたあやつりの輪を、指でくるくる弄びながら、ケフカは続ける。
「少々意外でしたね。アナタ、ティナには随分肩入れしているようでしたから。同情や何か、クッダラナイ感傷に流されているのかと、てっきり思っていましたよ」
「あれは……ただの仕事ですよ」
エレインは冷めたふうに、けれど少し力を込めて言った。
「それに、それを作ったのはわたしではありません。シド博士です」
「ふうん……」
ケフカはもうエレインには興味を失ったようで、手元に目を落として輪をずっと弄っていた。
ケフカに説明したのは嘘ではなかった。嘘ではないが――
開発したのはシドでも、そう進言したのはエレインだ。
「エレイン博士」
「あら――レオ将軍」
宮中でレオと鉢合わせたのは偶然だった。さして交流があるわけでもなく、これまで言葉を交わした回数も片手で数えられるほどしかない。会釈してすれ違うのが常だったが、その日に限っては、彼はエレインの前で立ち止まった。
「……何か?」
穏やかに首を傾げてみせるエレインに対して、レオの表情は硬かった。
「魔導の少女のことだが」
「ティナですか? あやつりの輪の動作に異常でもありましたでしょうか」
「そうではない」
レオは首を振った。苦渋に満ちた声だった。
「あやつりの輪――あれは、君が作ったのだと聞いた。一体、どういうつもりで?」
「開発されたのはシド博士です。何か問題でも? 皇帝陛下からご許可はいただいているはずですけれど……」
エレインはレオの言わんとすることをすぐに察したが、わからない振りをして悩むようなしぐさをした。わざわざ皇帝の名まで持ち出してやる。
そうではないのだ、とレオはゆっくり繰り返した。
「君は、彼女の世話役として、それ以上の情を持って接しているように見えた。なのに何故――感情を消し去るなど、人に成すべきこととは思えぬのだ」
「でも、いつも泣いていたわ」
レオは瞬きをした。端的過ぎて理解できなかったらしい。だから、エレインはもう一度言った。
「泣いてばかりだった。だったら、何も感じないようにしてあげればいい。悲しみしか持ち得ないのなら」
「…………」
反論は返ってこない。もちろん、それが正しいなどとは彼は露ほども考えないだろうが、かと言って、一介の研究者があの魔導の少女にしてやれることは本当に少ないというのもわかっているのだろう。事実、将軍職の彼にだって、ティナを殺戮の日々から救い出してやることはできない。
生真面目な軍人の苦悩する様子を眺めて、エレインはくすりと笑った。
「なんて、ひどい言い訳ですね。何が幸せかなんて当人以外が量ることではないし、わたしは彼女のためにああしたわけでもない」
「エレイン博士――」
「わたしは、わたしのためにあれを作ることにしたんです。小さな女の子が泣く姿なんて見たくないんだって、ケフカが言っていたの。だからです」
レオの視線から険しさが消えた。代わりに、そこにあるのは明らかな――露骨なほどの同情だ。決して気持ちのいいものではないが、このレオのこと、単純にエレインの胸中を慮ってのものだろう。
「……勘違い、なさらないでくださいね」
それでも、一応エレインは誤解を解いておくことにした。
「皆さんよくそう思われるようなんですけど――わたしは、彼を失った絶望から自暴自棄になっているのではありません。今の彼に従うのも、側にいるのも、すべてわたしが吟味し、選び取った、わたしの意志によるものです」
言い終えると、エレインはレオが何事か口にするより先にその場を後にした。彼に何か――例えば理解とか――を求めているわけでもない。
それにおそらく、待っていてもレオは何も応えなかっただろう。
ケフカの私室の扉はめちゃくちゃに壊れていた。中を覗き込むと、それは扉だけではなく、壁も床も家具もすべて、部屋の中で嵐でも起こったのかと問いたくなるような惨状だった。……エレインには問わずとも、何があったのか軽く想像がつくが。
エレインはおそらくは長剣でつけられた、大きな爪痕のような壁の傷をなぞりながら部屋に入った。他にも、魔法で燃やされた何かの残骸も多くあった。
足元にはガラスの欠片が飛び散っている。踏まないように気を付けながら、そのために覚束ない足取りで、エレインは部屋の奥へ進んだ。
「ケフカ? ああ、またお人形遊びですか?」
帝国軍の軍服を着た、等身大の人形が、ばらばらになって転がっている。床は赤い水で水浸しだった。遊びに夢中になるのはいいけれど、ケフカはいつもすぐに人形を駄目にしてしまうのだ。
最初に見咎めた時は、エレインは悲鳴を上げて逃げ出してしまったのに、今は同じ光景を見ても恐ろしいとも、悲しいとも思わなかった。何故だろうか。慣れてしまったからだろうか。
「チックショウ! どいつもこいつも、ふざけやがって……」
当の本人は半壊の椅子に腰掛けて、鏡を床に叩き付けていた。
「レオ将軍ですか? 彼は良くも悪くも軍人気質ですからね、あまり気にされない方がいいと思いますよ」
返事はない。これもまた、珍しいことではなかった。
近頃、あまり会話らしい会話をしていない。それでもエレインはよかった。こうして一緒にいられるだけで満足だ。
ケフカの独り言にいちいち相槌を打ちながら、床のガラス片を片付ける。――と、ケフカが割った鏡を踏みにじり始めたので、エレインは慌てて止めた。
「ケフカ! そんなことをしたら、怪我をするじゃあないですか」
「うるさい!」
ケフカは一喝して、エレインを床に引き倒した。エレインは短く悲鳴を上げる。
体を強かに打ちつけ、その衝撃を感じた次の瞬間、半身がカッと燃えたように熱くなった。エレインの下にはちょうど鏡の破片があって、そのいくつもが肌に突き刺さったのだ。
「あいつなんて、弱くて消えてしまったくせに――皆あいつの話ばっかりだ!」
ケフカが何のことを言っているのかはよくわからなかった。何か答えてあげたいのに、うまく声を出せない。代わりに身じろぎすると、頭を掴まれ、ひときわ大きな破片の表面にごりっと押し付けられた。
「そんなにあいつがいいなら、会いに行けばいい! さっきもこの中にいましたからね!」
痛みと熱で頭が破裂しそうだった。
殺されるのだろうか。
エレインはぼんやり考えた。彼がよく戯れのためだけにそうするように、怒りのままにそうするように。
瞼を下ろす。それもいいかもしれない。ケフカといられなくなるのは寂しいが、他の誰でもない、彼の手にかかるなら。
しかし、そう心を決めた途端、ケフカの怒声がぴたりと止んだ。
目を開けると、ケフカは頭を抱えて唸っていた。
「ああ、違うんです。そうじゃない、エレイン、あなたを壊したいわけじゃない。私は……」
声が震えている。
うずくまるケフカを、エレインは呆然と眺めた。今の彼になってから、こんな弱りきった表情を見たのは初めてだった。
「……いいんですよ」
エレインはのろのろと起き上がった。
激痛を押して、半ば這うようにケフカの前に向かう。体中がぬるぬる滑って、そうするのは少し難しかった。
「いいんです、何でも、全部、わたしにぶつけてくれれば。そうやって与えてください。それで、わたしは嬉しいです。幸せです」
真っ赤な両手でケフカの手を握った。
ケフカ……今の彼は「どちら」なのだろうか?
いや、そんなことは関係ない。どちらでも、彼であることに変わりはない。
「あなたが、今のあなたのままでも構いません――側にいてくれるなら」
虚ろな目で、ケフカはエレインを見た。
「……呆れた人だ」
そうして口にしたのは、ひどく凪いだ呟きだった。
久方ぶりにセリスに出会った。
最後にゆっくり話をしたのは、彼女が将軍に就任してすぐの頃だったように思う。セリスとの身分の差が大きくなり、また互いに多忙の身となったこともあって、研究所時代と同じように接することができず、疎遠になってしまっていたのだ。
「まあ、セリス? 久しぶりね」
「……エレイン」
笑いかけると、セリスは応じる笑みを浮かべはしたものの、すぐにその秀麗な顔を曇らせた。エレインは当然それには気付いたが、特に大した問題とも感じられず、構わずにそのまま続けた。
「噂はよく聞くから、あまりそんな気はしないけれどね。元気だった? 時間があるならお茶でも――」
「エレイン――すまなかった」
突然の謝罪に、エレインはきょとんとした。
「何のこと?」
セリスは何度も躊躇って、それから言った。
「……あなたが一番辛い時に、何もできなかった」
エレインは黙って、微笑みだけ湛えてセリスの言葉を聞いていた。
セリスはぎゅっと眉根を寄せ、エレインの手を取る。
「これは、ケフカが?」
「ええ……そうなの」
満ち足りた表情で、エレインは手当てしたばかりの己の腕をさすった。あまり丁寧な仕方をしていないから、血の染みのついた包帯はもう緩み始めている。
「これでは傷が残ってしまうだろう。魔法で――」
セリスが片手をかざしたのをエレインは、
「――やめて!」
鋭く叫んで、拒絶した。その手を叩き落して、怯えきった表情で彼女から距離を取ると、自身の腕をかき抱く。指に力が入りすぎて、包帯がぐしゃぐしゃになった。
「エレイン……?」
セリスは唖然としてエレインを見返している。
「これは――だめ、だめよ、彼がわたしにくれたの。誰にも触れさせない、消させない、わたしの、わたしだけの――」
夢中で言い募っているうちに、ふと、エレインはセリスがこちらに寄越すまなざしが、いつもの見慣れたものになっていることに気付いた。諦念にも似たそれ――変わり果ててしまったものを哀れむような。両親や友人や同僚たちが、よくエレインをそうして見ていたように。
セリスも彼らと同じだったことに、エレインは少しだけ、ほんの少しだけ、心の底で落胆した。
でも、それも構わない。
エレインは思った。最初から、側にいることを選んだのは一人だけだ。
それ以外なんてどうでもいい。
いつか抱いた印象のとおり、ケフカの風貌は月日を重ねるごとに奇怪さを増し、とうとう道化師のようになってしまった。同じように、彼の中に以前の彼の面影を見つけることも次第に少なくなっていった。
もしかしたらその姿は、意識的にか無意識的にかはわからないが、ケフカが「彼」を消し去るために取った手段なのではないだろうか?
ケフカと「彼」は同じ顔をしているから、それはわかりやすい区別だ。少なくともああすれば、鏡にも、エレインの目にも、「彼」の姿は映らない。
何にしてもエレインの想像にしか過ぎないのだが……そうであればいい。
だって、もしそのとおりなのだとしたら、だったら、なんて――
なんて、いとおしい。
エレインは幸せだった。
わたしのこの想いが、彼の中にいる以前の彼を押し潰していくものなのだとしても、今の彼の心を追い詰めていくだけのものなのだとしても、そんなことは問題ではない。
たとえわたしがとうの昔に壊れていようと、
彼を愛しているのだ。
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