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史香は、己の思考がきわめて異端であると理解している。理解したのは幼少のみぎりだったが、史香はそれを知った瞬間に「普通」に振る舞うことを決めて、そのとおり実行した。世間は他と違うということに厳しい。そうしなければ、この十余年間を平穏に生きていくのは難しかっただろう。
昔は少し変な子だった、と親には言われる。そのたびに、史香は幼かった頃の自分を手放しで褒めてやりたくなる。危ういところだったのだ、一歩間違えれば、今頃は手の施しようもないほどに周囲から孤立していたに違いない。
しかし、理解するのと納得するのは別だ。
押し隠してはいるが、己を変えようとは思わない。親の言葉を借りれば、今でも「変な子」である。いや、当時よりも増長している。
増長して、増長して、ついにはこんなところに行き着いてしまったのだ。
……知らぬうちに、彼の胸にもたれて眠ってしまっていた。
史香は目を覚まして、起き上がった。時計を見れば、夜が明ける時間だった。
目元をこすると、乾いた血がぱらぱらと剥がれ落ちる。目元だけでなく全身がそんな具合だった。肌を覆うその感触がどうにも不快感を催すので、シャワーを浴びることにする。着ている服はもう使いものにならないだろう。姿見でそれを確かめて、肩を落とす。気に入っていたのだが、残念だ。
さっぱりして自室に戻った史香は、ベッドの縁に腰かけた。
そして、そこに横たわったままの動かぬ彼にキスをする。しかし唇が触れ合う直前に、史香はふと、彼から一切の輝きが消え失せてしまっているのに気付いた。それは、朝に通学路でおはようと声をかけてくれた時、部活の試合で活躍していた時、はにかんだ表情で史香の告白を受け入れてくれた時、彼が見せた輝き――それこそが、この恋を成就させようと史香に決心させるきっかけとなったのだ。とても大事なものだったのに、それがすっかりなくなってしまっている。
何だか寂しくなって、史香は彼から離れて仄明るいベランダへ出た。少し肌寒い。
今日の夕方には両親が帰ってくる。それまでは彼とゆっくり過ごそうと思っていたのだが、もうそんな気にはなれなかった。生涯を懸けた一世一代の恋だったはずが、たったの一晩で冷めてしまったのだ。友人の一人に、付き合う相手がころころ変わる子がいるが、もしかして自分も同じ性質だったのだろうか。
――それとも、恋とはそんなものかしら。
史香は呟いた。己の異常な嗜癖のために、史香はこれまで恋を叶えたことがない。一般的なそれがどういうものなのかも知らない。
一世一代――史香はそのつもりだった。この現代では、人を「愛する」ことは罪だ。だからこの一度きりにすると決めた。多少小細工をすれば何度か続けることもできたかもしれないが、そんな半端な愛し方では到底満足できない。それに、終わりはいつか必ずやって来る。ならば、最初で最後に、全身全霊を捧げて彼を好きになりたい。そう思ったのだ。
でも、と史香は俯いた。
好きだったからこそそうしたのに、こんなにも空しいなんて、この行為は間違いだったのだろうか?
不意に、羽音が聞こえた。
ばさり、ばさり、緩やかな、けれど重たい羽音とともに、史香の足元が翳る。
史香は何気なく振り仰いだ。視線のその先には、大きな黒い影があった。