戦場のエキシビジョニスト

「はぁ……困ったな……」
 いつもの白衣を着込んだナナスが、廊下をうろうろしている。偶然に側を通りかかったは、声をかけてみた。
「ナナスさん、こんなところで考えごとですか?」
「あ、。……うん、ちょっとね」
 ナナスはを見て笑顔を浮かべたが、またすぐに表情を曇らせた。ナナスは何せこの風変わりな国の王子であり、個性的な面々の多い「異世界の勇者」を取りまとめる立場でもある。では測り知れない苦労も多いことだろう……特に後者の方で。
「ええと。もし私でよければ、話を聞きますけど……」
 とりあえず、決まり文句を切り出してみた。ママトトにはなどよりも気心の知れた、また頼りになる仲間も多いことだろうが、ある程度離れた立ち位置にいる相手の方が悩みを吐き出しやすいこともあるかもしれない。
「うん……」
 少し躊躇うような素振りを見せはしたものの、ナナスはぽつりと話し始めた。
「実は、おととい召喚した勇者?のことで悩んでるんだ」
「……今、『勇者』に疑問符がつきませんでした?」
「そ、そんなことないよ。僕が発明したイデヨンに間違いはない!」
 自信満々の口調で言い切ったナナスだったが、その後で「ハズ……なんだけど」としおしおと肩を落とす。
「うーん、でも、強者であることとアレとは、関係がないとも言えるし」
「アレって?」
 独り言めいたナナスの言葉が引っかかり、は尋ねてみる。
「…………」
「アレって何なんですか?」
「と、とにかく!」
 何故か顔を赤くしたナナスは大きな声を上げた。
「ちょっと問題のある人なんだ。戦いに出てもらうにもどうすればいいかわからないし、こちらから協力を頼んでおいて、個人の嗜好を理由に元の世界に送り返すというのも失礼だしで、悩んでいたんだよ」
「ふーん、そうだったんですか」
 が出会った中で考えるに、そもそも召喚された勇者たちの中で、問題を持っていない人の方が少ないのではないか。ランスとかランスとかランスとか、特にランスとか、あとランスとか。と言うか、個人の嗜好って何だろう。
 ……ふむ。は口元に人差し指を当て、考え込んだ。
「さっきの言い方からして、その人って、まだ一度も戦いに出てないんですよね」
「あ、うん。そのとおりだよ」
「じゃあ、とにかく一度出撃メンバーに加えてみて、その後で考えたらどうですか? 実際の戦いぶりを見れば、その問題というものに対する名案も浮かぶかもしれませんし……的外れなことを言っていたら、すみませんけど」
 が言うと、ナナスは慌てて首を振った。
「ううん、の言うことももっともだと思う。でも……」
 それでもなお眉根を寄せる美貌の智将に向かって、
「ナナスさんの発明に、間違いはないんですよね」
 はきっぱりそう告げた。
「えっ? う、うん、そう思いたいけど、失敗することだってないわけじゃ」
「それでは困ります。詐欺じゃないですか」
「さ、詐欺?」
 目を白黒させて聞き返してくるナナス。は「そうです」と首肯する。
「イデヨンは、ママトトを助ける勇者を召喚する装置なんでしょう? 私、召喚された時のナナスさんのあの言葉で、その気になったんですからね。今頃になって『間違いだった』では困ります」
……」
 しばらくの間、ナナスはびっくりした顔でを見つめていた。それから、にっこりして頷いた。
「そうだね! もっとイデヨンを……自分のことを信じてみるよ。ありがとう!」
「べ、別に、お礼を言われるようなことは、言っていませんけど……」
 手放しの感謝をさすがに臆面もなく受け入れることはできず、は気恥ずかしさからちょっと俯いた。しかも、婉曲的に自らを勇者と称してしまったような。
「となると、一緒に出撃させるのは女性の方がいいかな……ライセン、シェンナと、それから……」
 一人で呟くナナスは、もう軍師の顔になっている。ふと、ナナスはを見やった。
。よかったら……次の出撃、お願いできるかな」
「いいですよ。乗りかかった船ですし」
「うん、ありがとう!」
 と、またもや満面の笑顔。
 もう少し自分の顔の造作を自覚してもらわないと困るなあ、とはこっそり思った。


 白いベレー帽に、胸元に大きなリボンがついたピンクのトレンチコート。
「筒井朝顔です。あの……よろしくね」
 問題の勇者は、恥ずかしそうにコートの合わせを押さえ、もじもじしながらそう名乗った。
「こちらこそ。長谷川です」
 挨拶を交わしつつ、朝顔を観察する。どこからどう見ても内気でおとなしい、人畜無害な印象の少女である。彼女がイデヨンで召喚されたことを疑ってしまいそうになるほどだ。コートの裾からはニーソックスに包まれた脚のみが伸びており、下にスカートを穿いているのだとしたら戦場に出るにしては短すぎるだろうと思いはするものの、もっとすごい服装の勇者は他にたくさんいる。
「おいおい、新入りが来るたびにそうやってんのか? めんどくせーな」
 朝顔とは正反対の見目をした、すらりと背の高いショートカットの女性、シェンナが、まるきり男のような物言いでぼやいた。
「とっととおっ始めようぜ、なあ」
「……そうね。敵を殺すのが、傭兵の仕事だもの」
 傍らで静かに賛同する、ライセン。
 確かに、に与えられた役目は戦うことで、朝顔の問題を見極めるのはではなくナナスだ。そして当然ながら、戦いが始まれば他人を観察している暇もなかった。今は気持ちを切り替えなければならない。
 ――けれども、はほどなくして彼女の問題とやらを目の当たりにすることになった。甲板から異空窟に降り立ち、戦闘開始から数十分ほど経った頃だろうか。
「もう駄目! もう我慢できないのー!」
 突然、朝顔が叫んだのだ。
「みんな、見て!」
 ちょうど目の前のモンスターを倒したところで余裕のあったは、何事かと驚き朝顔の方を見る。
 朝顔はトレンチコートの前をバッと勢いよく開けた。コートの下は――
「私を見てっ!」
 全裸だった。
 多少装飾的に表現するなら、一糸まとわぬ生まれたままの姿。俗っぽく言うと、すっぽんぽん。
「見てえっ!」
 帽子や靴下、靴などは身につけているけれども、それらを除けばまったくの真っ裸だ。
「うふふふふ……」
 可憐な顔を花のようにほころばせ、若い裸身を惜し気もなく晒す異世界の勇者・筒井朝顔は、今や完全にこの空間を支配していた。モンスターでさえも戸惑ったように後ずさりをしている。
「さあ、見て! 私を見てほしいの!」
 そのうち朝顔は手近にいたモンスターに狙いを定め、「見てー」と叫びながら追い回し始めた。
 全裸で駆ける美少女。逃げ惑うモンスター。
 なるほど、開いた口が塞がらないとは、こういうことを言うのか……脳が目の前の光景を理解するのを拒否しているらしく、は他人事のようにぼんやり思う。
「……ナナスさん?」
 呆然としつつもが呼びかけると、伝声管からナナスの情けない声が聞こえてくる。
「うん……彼女は、その、ろ、露出狂の戦士なんだ……昨日もおとといも、あの格好でママトトを走り回って」
「それは、大問題ですね」
 いや犯罪だ。
「すげえ……モンスターも引いてやがる」
「……露出、狂……? 相手が人間じゃなくても……いいのかしら……」
 戦闘を中断せざるを得なくなったシェンナとライセンが、それぞれ感想を口にした。
「見てーっ!」
 周囲の驚きと呆れの視線も何のその、むしろそれを糧にか、朝顔は絶好調だった。すばらしく笑顔であった。いきいきと輝いていた。
「オールヌードボンバーッ!!」
「技名があるんですか!?」

 オール-ヌード-ボンバー【all-nude-bomber】
 戦闘中に突然全裸になり、敵味方の戦意を喪失させる技。

「……撤退時なんかには有効、かも、しれませんね」
 少なくとも現時点では、敵モンスター、そしてママトトの武将と傭兵に絶大な効果を発揮している。ママトトの誇る、稀代の智将にも。
「そうかな。そうだね。うんもうそういうことにしよう」
 ママトトから届くナナスの返事の声はひたすら疲れていた。