ごむたいな人々

 異空窟への出撃メンバーは、よく入れ替わる。洞窟の最奥から吹いてくる有害な風のせいでもあるし、ナナスがイデヨンでどんどん勇者を召喚しているためでもある。
 その日、が甲板で顔を合わせた三人とは、それが初対面だった。
 一人は金髪の少年。歳はとそう変わらないだろう。これからの出撃がよほど楽しみなのか、目をきらきらさせている。人のことは言えないが、あまり強そうには見えない。さらには「坊ちゃん」という印象を受けた。何となく。
 もう一人は青い髪の青年剣士である。こちらは立ち居振る舞いからして、日常的に訓練を積んでいる人間だと感じた。少年の斜め後ろに、従者のように控えている。
 最後の一人は、桃色の髪の少女――随分ファンタジックな容姿の人々だが、は「まあ異世界だし」で済ませている。ママトトでは青とかピンクとかは特に珍しい色でもない。
 しかしこの少女の格好には、正直に言って度肝を抜かれた。和装で、胸にはサラシを巻いており、肌蹴た左肩には桜吹雪の刺青(本物ではなくてシールのようだ)があるのだ。
「お控えなすって!」
 少女が突然、甲板の上に膝をついて声を張り上げた。
「えっと、控えさせていただきます……?」
 確か、この口上への返答はこういうものだったはずだ。がぎこちなく応じると、少女は嬉しそうににっこり笑顔を浮かべた。
「……さっそくのお控え、ありがとうござんす。手前、生国と発しますはオオサカでござんす。姓は森田、名は愛と発しやす。以後よろしゅうお頼み申しやす」
 大阪と来た。和洋折衷世界の住人などではなく、日本人だったのか……とても意外だ。
 明らかに西洋ファンタジー風の二人は、愛のいきなりの行動にびっくりして硬直している。ここはが場を繋がねばなるまい。妙な使命感に駆られて、は咳払いをした。
「えー、私は……生まれは日本で、姓は長谷川、名前はです」
 言い終えると、少年がふむ、と顎に手を当てて頷いた。
「なかなか面白い名乗り文句だな。僕も倣うとしよう」
 と同じく咳払いをひとつして、それからうきうきとした調子で声を弾ませる。
「まず生国はルーキウスという。姓はルー……いや、ヒミツだ。名はカナン。職業は冒険者だ。よろしく頼むぞ」
「…………」
 剣士の方はこのノリについていけいないのか、口元に微苦笑を貼り付かせている。それを、カナンがつついた。
「何をやっている、セレスト。お前も名乗れ」
 セレストと呼ばれた彼は、心の中でどんな葛藤があったのか、しばらくして深く溜息をついた。そして続ける。
「……姓はアーヴィング、名はセレストと申します。よろしくお願いします」
 セレストはきっちり生真面目な語調で言い結んだ。最後に丁寧な辞儀まで行う。
 その後、出撃までにはまだ間があることもあって、四人はしばし歓談した。
「大阪の人ってことは、森田さんは日本人なんですよね、私と同じ」
「そうでござんす。日本から召喚されたお人は案外多いようでござんすねえ」
 どことなく芝居がかったような口調のままで、愛が頷く。実は二人の指す日本はそれぞれ違う次元にあって同じものではないのだが、両者とも気付くことはなかった。
「ほう、たちは同郷であったのか。僕とセレストもそうだ。奇遇なものだな」
 カナンが驚嘆し、セレストは感心したふうに言う。
「しかし、お二人は随分異なる装いをされておられる。文化の豊かな国なのですね」
「そう……なりますか」
 は首を捻りながら、半ばひとりごちるように答えた。確かに日本は和洋入り乱れてはいるが、愛の格好は「豊かな文化」で済ますには何か違う気がする。
 すると、愛がはっはと笑い声を上げた。
「セレスト殿。日本を褒めていただくのはありがたいでござんすが、それは殿に失礼でござんしょう」
「えっ?」
 彼女の言に、セレストは面食らった顔をする。も、一体何を言い出すのだろうと愛を見やった。
 それらの視線を受けて、愛はふっとニヒルに笑う。残念ながら、彼女にはあまり似合っていない笑い方だ。
「カタギの娘さんを、あっしなんかと比べるもんじゃあございやせん」
「……その、森田さんって、いわゆる――」
 はその先を濁した。よくよく見れば、愛が片手に握っているのはドスなのである。
 見なかったことにして、は話題を変えることにした。
「私、カナンさんは、てっきり偉い人なのかと思いました」
「え!?」
 かなりの力技だったが、話題逸らしは成功した。セレスト――何故かカナン本人ではなく――が大げさなほどに驚いたからである。わたわたしているセレストとは対照的に落ち着いたカナンが、穏やかに尋ねてきた。
「いやいや、まったくもって単なる一介の冒険者にすぎないが……何故そう思ったのだ?」
「何となくです。今までに会った横文字の名前の人って、王族率高いなあと思って」
「ははは、それでは僕の国は王族だらけになってしまうな」
「ですよねえ。もしカナンさんが本当に王子様とかだったら、退屈でたびたびお城を抜け出したりなんかしてそうですね」
「うむ、そうかもしれないな。はよくわかっている」
 笑いあう二人だったが、傍らのセレストは複雑そうな表情で胃の辺りを押さえている。
「――セレスト殿、どうしやした?」
「い、いえ……ただ、これまでの苦労が思い返されて」
 不思議そうにする愛に、セレストは笑みを浮かべながらも苦い声でそう応じた。


 さて、出撃後である。
「こ、後方、激しいですね……」
「あれはたぶん、鳳姉妹でしょうね」
 返事をするの語尾に、どかんどかんと大砲の音が被る。セレストはその音にそわそわと落ち着かない様子であった。まあ、あの姉妹の攻勢は何度か経験しないと慣れないだろう。
 たちの遥か後ろ、おそらくママトトのすぐ側辺りから飛んでくる砲撃で、敵がばんばん散っていく。かなりの火力なのだが、異空窟内は少しも破壊されず、地面は欠けもしていない。さすが難攻不落、と言うべきなのだろうか。
 それはともかく、後方支援だけでモンスターが薙ぎ払われているので、たちの出番はその取りこぼしの始末のみであった。いや、どちらかと言うと主力は鳳姉妹の方であり、たちが四人で援護をしているという状態だ。
 は内心首を傾げた。このためだけに四人も必要なのだろうか? 人員を割きすぎているとしか思えない。ナナスの采配に間違いがあったことは、これまで一度も目にしたことがないのだが……
「これはいいな! それっ、白色破壊光線ー!」
「あっ、カナン様! いくら敵が少ないからとは言え、あまり前に出られては危険ですよ!」
 その疑問は、はしゃぐカナンとフォローに奔走するセレストを見て、何となく答えが出た。なるほど、的確な人事である。
 とすると、と愛にも似たような割り振りがあるのではないか。はふと思いついた。愛がの欠点を補う何かを持っているのか、それとも――
「ごめんなすって! それでは、仁義切らせていただきやす! 手前は生まれも育ちもオオサカの」
「も、森田さん!?」
 と、モンスターを前にして朗々と声を張り上げ始めている愛を見つけて、は慌てて駆け寄った。口上はいいですから、と愛の袖を引っ張って遮る。敵は遠距離攻撃をしてくるタイプであった。ここを離れるか、すぐさま近づいて攻撃に移るかしなければならない。
「下がりましょう、森田さん!」
「ぅおうっ、殿、な、何を!?」
 驚く愛を強引に引きずって、後ろへ下がる。どおん、とタイミングよく鳳姉妹の爆撃がやってきた。モンスターは一撃で塵と消える。とりあえずの安全は確保できたと見て、はほっとして愛に向き直った。
「森田さん、口上はやめた方がいいのでは? 今のは危なかったですよ」
「それは無理な相談でござんす」
 が諭すと、愛はぎゅっと眉根を寄せて唇を引き結ぶ。
「あたしゃケチな極道者でござんすが、極道には極道なりの流儀がございやす。戦場の斬り合いでも同じこと、変わりゃあしやせん」
「でも、あれ、魔法を使うモンスターですよ。森田さん、射程に入ってましたけど……」
「……おおう」
 愛は目を丸くして、あんぐりと口を開けた。
「そいつあ失礼しやした」
 どうやら相手を近接型と勘違いして、安全な間合いを取っていたつもりだったらしい。
 は眩暈がした。
「あのー、さっきのって、まさかいつも言ってるんですか?」
「へい。自分、不器用ですから」
 言って、自身の言葉がツボに嵌ったらしい、愛は満足げに微笑んだ。決め台詞か何かだったのだろうか。
 何だか疲れて、は遠くを見た。ちょうど、カナンを抑えているセレストと目が合う。
 ――が、頑張りましょう。
 そうですね……
 お互いの役目を理解した二人は、目線だけでそう意思を交わした。