偏愛主義者は奇想曲に酔う 前編
毛の長い絨毯は、靴底が立てる硬い足音をあらかた吸い込んでしまう。セッツァーが隣にどかりと腰を下ろすと、それまでちっともこちらに気付かなかった彼女は、薄い肩をほんの少し跳ねさせた。けれどちらとも目をくれず、ただひたすら、ルーレットの盤面に視線を注いでいる。
世界唯一の空を翔ける賭博場、ブラックジャックである。
そして、カジノのゲストには到底似つかわしくない、うら若い少女だった。……にしては傍らのアルコールグラスはほとんど空になっているが、まあ、セッツァーはそういうことにとやかく口を出すつもりはない。
「ベット」
決して大きくはない柔らかな声が、短い音を紡ぐ。周囲の客たちが一斉にどよめいた。上乗せされたチップは、子供のする遊びにしてはあまりにも高い額だ。そして結果は――
湧き上がる歓声、飛び交う野次。
場の注目を頭から浴びる少女は、大きな瞳を輝かせた。ウェイターから新しく受け取ったグラスの中身を一息に飲み干す。笑顔ではあれど、強い酒にも山となって戻ってきたチップにも、顔色ひとつ変えやしない。そして、次のラウンドの案内を述べるディーラーを、ありがとうと言って遮った。
「でも私、もう行きますね。今日はいっぺんにぜんぶ回ってみるつもりなんです」
朗らかに告げ、席を立つ少女。
「待ちな」
セッツァーは、まだ幼さの残るその横顔に、そこではじめて呼びかけた。酒気ではなく勝利の余韻に酔ったまなざしが、セッツァーをまっすぐに振り返る。
この賭場の元締めという立場、さらに顔に派手な傷のある彼の風貌は、初対面の相手に強烈な印象を植えつけることが多い。したがって、おもねるか気怖じするか、セッツァーに向かう女の反応は大別すると二通りになるのだが……
「その前に俺と一勝負、どうだ?」
「はい、いいですよ」
彼女の返事はそのどちらとも異なっていた。落ち着いたデザインのドレスも薄く施された化粧も形なしの、まるきり子供じみた笑み。
「カード? ダイスですか? それとも、またルーレット?」
「何でもいいさ。あんたの好きなもので」
「じゃあ、ポーカーがいいです!」
「ルールはわかるのかい」
と、尋ねた理由はほかでもない。しばらく前から観察していたセッツァーは、気の赴くままにさまざまなゲームに興じていた彼女が、ときにはうんとでたらめなやり方でチップを消費する場面も目撃していたからだ。
セッツァーの後ろについて歩きながら、案の定、彼女はこう答えた。
「なんとなく……要は、数字を揃えればいいんでしょう?」
「……ババ抜きと間違えてないか?」
「うーん、ババ抜きかあ、そういうのもいいですね。あ、でも、やっているテーブルってなかったような……」
当然だ。あってたまるか。
セッツァーが呆れ返って煙草をくゆらしても、彼女はきょとんとするだけだ。そうこだわっているのでもないらしく、乗り気でないセッツァーに「それなら」と次の提案をする。
「――ブラックジャック」
「ベタだな」
セッツァーはそう腐したあと、少女を顧みた。煙草を摘んで口から離し、ニヤリと唇を歪める。
「だが、悪くはねえ」
セッツァー自らカードを切るのが珍しいのか、二人がついたテーブルの周りには先ほどよりも多く見物人が集った。プレイヤー席は瞬く間に埋まる。それでも少女のけろりとした態度は変わらなかったし、彼と彼女の会話を遮る不心得者も現れなかった。
カードを配り終え、セッツァーは答えのわかりきったことを問う。
「一人で来たのか?」
「いいえ。ふたりで」
予想どおり否定の答え――「旦那様と」、けれどもその後に付け足されたのは、まったくの範疇外にある単語だった。年端もいかぬ少女には、これまたふさわしくない。
咄嗟に卓の上にあった少女の手を見るが、ほっそりとした指には何も嵌められておらず、跡もなくきれいなものだ。
「ダブルダウン」
その指がさらにチップを積み重ね、少女は気負った様子なしに賭け金の倍増を告げる。
一ラウンド、少女の勝ち。二ラウンド、勝ち。三ラウンド、負け。勝ち、負け、勝ち、……ルールが単純なだけあって流れは早い。勝敗はすぐに決し、また次のラウンドへ。大金が目の前を行き来しているにもかかわらず、少女は涼しい顔で宣言を続けている。
値はどんどん釣り上がっていった。
最初は模範的な戦略に則っていた他プレイヤーたちも、やがて彼女につられて大胆に賭けるようになる。彼らはそのうち大敗を喫するか、適度に小金を稼いで満足するかしてテーブルを去り、次々と顔触れが入れ替わっていく。
ただひとり、彼女だけが、勝とうが負けようが一貫して攻めの手を休めない――ギャンブルに必要なのはもちろんそれだけではないが、しかし最後の最後に勝負を左右するのは、おそらく「そういうもの」だ。少なくとも、セッツァーはそう思っている。
「……いけない、面白くって忘れてしまうところでした」
と、次のコールの直前に、少女が言った。一気に傾け空にしたグラスを卓の縁に置き、指先で弾くようにする。
「あなたと勝負、するんでしたよね。――ベット。全額賭けます」
「はっ、馬鹿みてえな賭け方をするもんだな」
「いけませんか?」
「いや、気に入った」
煙草の灰をぞんざいに灰皿へ落とし、セッツァーは少女と視線を交わして笑う。積み上げられたチップの数には、ジドールの貴族連中だって目を剥くに違いない。
プレイヤーは、このときすでに少女だけになっていた。観客たちは固唾を呑んでゲームの行く末を見守っている。
スタンドの宣言。プレイヤーの手札が揃い、ホールカードがめくられる。
セッツァーはこの一瞬が好きだ。
あらゆる駆け引きや技量を振るい尽くした果てに訪れる、昂揚の瞬間。ひりひりと肌に感じるほどに張り詰めた空気。そして……
「……残念だったな」
緊張がたわみ、あちこちで溜息が漏れた。それは次第にどよめきとなって、波紋のごとく広がっていく。敗者はカードを卓に放り出し、うんと伸びをした。
「あーあ、いいとこ行ったと思ったんですけど」
ぶつぶつ言いながらグラスに――もはや何杯めなのか、セッツァーは途中で数えるのも止めてしまった――口をつける少女だったが、その表情が曇っているのは大金を擦ったからでなく、勝負に負けたゆえらしい。何せ、悲愴感がかけらもない。
「アルマ」
と、しわがれた声がかかった。
二人のいるテーブルから少し離れた場所に、初老の男が立っている。遠目にも仕立てのよい服を来た、立ち姿に品のある老人だった。少女があっと目を丸くして腰を浮かせる。
「迎えか?」
祖父か、と思ったが、彼女は「旦那様と」連れ立って来たと言っていたのだ。ついさっきまで悔しがっていたのに、もう相好を崩して男へ手を振っている少女は、セッツァーを見ぬまま頷いた。
「はい、だから今日はもうおしまいにしますね。ちょうどこてんぱんに負かされちゃったことですし」
「懲りずにまた来な。歓迎するぜ」
新しい煙草に火をつけながら告げる。すると、少女はようやくこちらに目を戻し、あどけなく微笑んだ。
「ありがとうございます。できれば今度は、こっちのカードなしで勝負してくださいね、ギャンブラーさん」
他の客には聞こえないように囁いて、自身の袖口を指でつついてみせる。
……バレていたのか。
セッツァーは首肯とも何とも取れる仕草で曖昧に顎をしゃくって、ただ紫煙を吐き出すだけにとどめた。ディーラーがゲームを操るのはままあることだ。年若い少女にあまりに勝ち続けられては他の客がどう思うか――まだ経験の浅いディーラーに泣きつかれ、観客を満足させるためにセッツァーが出てきたのだから、多少の演出はなおさら必要だった。
黙したセッツァーに少女は最後、もう一度にっこり微笑みかけ、踵を返した。波が割れるように観客たちが道を開け、少女は堂々と背筋を伸ばして歩く。
「ゾゾの卑しい娘が……」
「どうやって伯爵を誑し込んだんだか」
ふと、不快な囁き声が耳についた。
いくら締め出そうとしたとて、無粋な人間というのはどこにでも紛れ込んでくる。いささか水を差された気分になって、そちらを睨めれば、セッツァーの剣呑な目つきに気付いた連中はこそこそと姿を消す。
「ふん……」
鼻を鳴らし、まだ長さのある煙草を灰皿の底と指の間で押し潰した。
少女の姿はすでに遠くなり、老人と並んで去っていくさまだけが見える。他の客たちの間に消えていく小さな背中は、あの印象的な笑顔より、手先の鮮やかな技量より、どうしてかずっとセッツァーの心に残った。
世が荒れるにつれ、ブラックジャック号を訪れる客は目に見えて減っていった。
貴族たちが娯楽にふける余暇を持たなくなると、彼らとパイプを繋ぐのにせっせと励んでいた商人たちの足も同じく途絶える。賭場は閉めざるをえなくなり、ならば退屈しのぎに派手なことでもやらかそうかと向かった先で――セッツァーは思いがけず、生涯で最も大きなチップを張ることとなった。
だからあれきり、彼の船に彼女は現れていない。けれど今、九十度傾いだ視界の中にあるのは、間違いなくセッツァーの心に焼き付いていたあの背中だ。
見覚えのある横顔、大きな瞳、記憶の中よりもほんの少しだけ大人びた彼女がこちらを振り向く。
「あ、目が覚めましたか?」
「なん……」
状況も把握できぬまま咄嗟に身体を起こそうとしたセッツァーを、すさまじい激痛が襲った。一瞬、呼吸の仕方さえわからなくなる。
意識して息を吐き出し、何とか、ゆっくりと起き上がる。だが、痛みが引く気配は一向にない。重くのしかかる前髪をかき上げようとして、包帯だらけの腕が目についた。身体中にも巻かれているようだ。なぜこんな――
だんだんと、かすみがかっていた頭がはっきりしてきた。帝国、魔大陸、ケフカ。ブラックジャックは、リターナーの皆はどうなったのか。逸って床に足を投げ出すと、駆け寄ってきたアルマに押しとどめられた。
「無理しない方がいいですよ、ひどい怪我なんですから。ほら、入ってください」
ベッドに押し込もうとするアルマの手を退け、言葉を返そうとしたが、途端にひどく胸がむかついて口を噤む。アルマは心配そうに顔を覗き込んできた。
「だ、大丈夫ですか? ええと、そうだ、お水とか、持って来ましょうか」
「……酒が飲みてえ」
「わかりました。はい、どうぞ」
躊躇なく差し出されるグラス。鼻につくにおいは、間違いなくアルコールのそれだ。
確かに、言った。酒とは言った。しかしそれは、酒でも煽ればこの苦痛を拭えやしないかと、ほとんど自棄気味に思ったからで……普通、請われたからと言って怪我人に飲ませようとするか? そもそも何故すでに注がれているのか。
こいつ、俺を介抱しながら飲んでいやがった。そう結論を導いたセッツァーの胡乱なまなざしを、アルマは何やら誤解したようだ。
「ああ、割った方がいいですか? お水で? お湯は、沸かさないとないんですけど。うーん、他には、何かあったかなあ」
「……水でいい」
「はい、水割りですね」
アルマの手がサイドテーブルの水差しに届く前に、セッツァーは横からそれをかっさらった。直に口をつけて一気に煽る。
「えっ、あの、それ、お酒じゃありませんけど……」
唖然として見守るアルマは、まるで街中でモーグリが逆立ちして歩いているのに出くわしたみたいな顔つきだ。しかしおかしいのは彼女であって、セッツァーの方では断じてない。
さわやかな冷たさをすべて嚥下し、水差しを置く。テーブルの鳴る音がいやに響いた。
……ようやく人心地がついた気がする。痛みはまだあるが、気分はいくらかましになったようだ。すると、周りに目を向ける余裕も出てくる。
「ここはどこだ?」
広い部屋だった。
古びてはいるが、手入れは行き届いているように見える。年代物の調度品はその手のコレクターが見れば涎を垂らすだろう。夕暮れどきなのか、向こうの出窓から覗く空はほの昏い。ベッドの位置からは、外の景色はよく見えなかった。
「私の家ですよ」
行き場を失った酒にちびちびと口をつけながら、アルマ。
無論、聞きたかったのはそんな答えではないし、アルマもわかっていてあえて意地悪を言ったのだ。セッツァーは無言を貫きとおし、幾秒かののちに折れたのはアルマの方だった。
「えーっと、ごめんなさい。冗談です」
「ほお、ずいぶん趣味のいい冗談だな?」
「だから謝っているじゃないですか。ええと、コーリンゲンの外れの方……って言って、わかりますか? ジドールとは地続きじゃなくなったんです。世界が引き裂かれてからは地理が変わってしまって……」
「世界が……なんだって?」
ギクリとした。
意識を失う前に見た光景が脳裏に蘇る。暴走した三闘神の放った光、荒れ狂う大気、裂ける陸地――
「『引き裂かれた』。世界崩壊、なんて、みんな言っていますけどね。帝国にケフカって魔導士がいたじゃないですか、私も、名前しか知らないんですけど……ぜんぶあの人がやったことだそうです」
アルマの口から平然と語られる、変わり果てた世界の話。失われた青空のこと。瓦礫の塔に君臨し、今も暴虐を尽くすケフカ。
これにもまた、たちの悪い冗談だな、と返せればよかった。アルマは発言を撤回せず、もちろんセッツァーからもそんなことは口にしない。
「本当に、すごかったんですよ。こう、空がぴかーってなって、ばりばりどーん!……みたいな。わかります?」
「……全然わからねえ」
「うーん、そうですよね。歩けるようになったら、外を案内してあげますから」
セッツァーの内心のうろたえようとは裏腹に、アルマは至極あっけらかんと笑っていた。
むしょうに煙草が吸いたくなって、懐を探る。けれどいくら探れと見つからず、落ち着いてよくよく見れば、セッツァーが身に着けているのは彼のものでも彼の趣味でもない、やや時代がかった衣服だった。
目覚めてからしばらく、セッツァーはベッドに縫い付けられることになった。自分でも思っていた以上の大怪我を負っていたからだ。
その間に退屈を紛らしてくれるのは、アルマが持ってきた古いレコードや、かび臭い分厚い本、それから――
「セッツァー、ポーカーをしましょう!」
騒々しい音を立てて扉が開かれ、トランプを手にしたアルマが入ってきた。
あえて言葉にすることはないが、音楽鑑賞も読書もさして趣味ではないセッツァーには、得意とするカードゲームのお誘いは大変にありがたい。たとえ、彼女のもう一方の手に酒瓶が握られていたとしてもだ。
「おい、アルマ、もっと静かに開けられないのか」
すでに身を起こしていたセッツァーは、睡眠薬のような内容の本を閉じ、ジロリとアルマを見た。
「せめてノックをしろ」
「年頃の女の子みたいなことを言うんですね、セッツァーは。そんな細かいこと、いちいち気にしないでくださいよ」
アルマはけろっと応え、ベッドの傍らまで椅子を引っ張ってきたあとで、はたと首を捻った。
「あれ? そういえば私、名前を教えましたか?」
「…………おまえだって俺の名前を呼んでるだろうが」
名の知れ渡ったカジノのオーナーとその一ゲストとでは、当然ながら事情は異なってくるのだが、セッツァーは自論を押しとおす。
アルマはしばし釈然としない面持ちをしてはいたものの、そのうちセッツァーの狙いどおりに持ち前の「細かいことをいちいち気にしない」性分を発揮して、まあいいか、と気を取り直しカードを切りはじめた。
「ババ抜きじゃなくていいのか?」
「役はちゃんと覚えましたよ。昨日の夜に」
「そういうのを付け焼き刃って言うんだよ」
「平気です、今度は勝ちますから。ね、何を賭けます?」
「金は大して持ってないぜ」
「じゃあ、セッツァーが負けたら私のお酒に付き合ってください。勝ったら、特別に高いヤツをあけてあげますよ。とっておきがあるんです」
「どっちにしろ飲むつもりか、おまえ……」
笑顔で怪我人に飲ませようとするな、まったく。セッツァーは溜息をつく。しかし何から何まで彼女の世話になっている身では、手持ちなどあろうはずがなかった。酒だってここのところ自重していたが(アルマがこうなので自分で気を付けるしかないのだ)、正直そろそろ恋しい。とあって、結局は乗ることにした。
ところかまわず飲もうとする悪癖はあれど、アルマは献身的だ。
食事を作るのも怪我の手当てをするのも甲斐甲斐しい。セッツァーが傷のための発熱でうなされたときには、一晩中付きっきりだった。煙草も新しい衣服もどこかから調達してくれ、彼が暇を持て余していればこうして何かしら持ちかけてくる。
セッツァーは彼女をじっと見つめた。こちらの胸中に気付く素振りもなく、眉根を寄せ、難しい顔で己の手札を凝視しているアルマ。
「なあ、アルマよ」
「待ったはなしですからね」
「そうじゃない。……なあ、俺にばかり構っていていいのか。旦那様はどうした」
「旦那様?」
アルマはきょとんとして、カードから目を上げる。ややあって、ようやく問いかけの意味を察したとでもいうように、ああ、と頷いた。
「亡くなりました」
と、手札を捨てて、山から一枚を引く。
「もうずっと前……世界がこうなる前のことです。結構なお歳でしたし、寿命、だったのだと思います。こんな世界を目の当たりにせずにすんで、あるいは運がよかったのかもしれませんね」
「……悪いこと聞いちまったか」
「いいえ、私が勝手に答えただけですから」
気まずさについ顔を顰めてしまうセッツァーに、アルマはゆるやかにかぶりを振った。
「私たち、お友達だったんです。……信じてくれる人はなかなかいませんけどね。まあ、こんな立派な家までもらってしまったのでは、仕方がないのでしょう」
この家は、もともとその男の別宅だったのを、遺言によってアルマが譲り受けたのだという。雇われていた使用人たちは男の死に際してほとんどが辞めていった。残った数人も「世界崩壊」の混乱でいなくなったのだと。
だから、とアルマは微笑む。
「今、ここにいるのは、私の他にはセッツァーだけです」
アルマはその淡い微笑を崩しはせず、ただ少しだけ目を伏せた。俯いた拍子に、耳にかけられていた髪が頼りない肩へと落ちていく。その擦れ合う音が拾えるほど、セッツァーとアルマと、ふたりの距離は近かった。彼が腕を伸ばせば彼女に届くほど――
「アルマ」
小さな膝の上に置かれた少女らしい細い手に、セッツァーは突き動かされたように己の手のひらを重ねた。
「――下手なイカサマ使ってんじゃねえ」
持ち上げてみると、アルマの袖からパタパタとカードが落ちてきた。「あ、失敗失敗」、手を掴まれたままでアルマは肩をすくめた。先ほどまでの健気な笑みはどこへやら、僅かほども悪びれたふうでなく、へらっと笑う。
「セッツァーの真似をしてみたんですけど、意外と難しいんですね、これ。次はもっとうまくやりますね」
……なんてガキだ。
セッツァーは朝に吸ったっきりシーツの上に放ったままだったシガレットケースから一本を取り出し、火をつけて深く吸い込んだ。しおらしいアルマに一瞬でも騙されたなどということは決してない。ないのだが……その味は妙に舌に苦かった。