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 見渡す限りの広い草原。
 マッシュはそこで目を覚ました。
「ここは……!?」
 全身ずぶ濡れである。
 体を起こすと、河口のすぐ側であるとわかった。川から打ち上げられたらしい。すぐさま己の状況を把握し、立ち上がる。
 そう、急流を筏で下る際に妙なモンスターに襲われ、返り討ちにしようとして――川に飛び込んだのだ。そしてそのまま、流れに呑み込まれてしまった。
 筏の上の兄が上げた声を思い出して、つい苦笑する。
「レテ川の下流か……ナルシェまで随分遠そうだ」
 皆はすでにナルシェに着いているかもしれない。無事に川を下っていれば、だが。どのみち、急いで向かわねばなるまい。
 幸い怪我を負ってはいないようだった。服はそのうち乾くだろう。山での修行のおかげで野宿には慣れているし、食料もある程度は自力で調達できる。
 そう考えれば、幾分か気が楽になってくる。マッシュは川を後にしようとし――ぎょっとして、足を止めた。

 少女だ。

 まだ年端も行かないような少女が倒れている。彼と同じく川を流されてきたのだろうか、頭からつま先まで濡れ鼠だった。
「おい、大丈夫か!?」
 声をかけるが、反応はない。気を失っているだけのようだが――
 辺りを見回すと、平原にぽつんと家が建っているのが見えた。そう遠くはない。
「よし――」
 マッシュは少女を横抱きに抱え上げた。その軽さに、少し驚く。
 とにかくあの家で手当てをしてもらおう。ついでに、ナルシェへの道を教えてもらえばいい。
 マッシュは一軒家に向かって歩き出した。


 ところが、家には気のおかしい老人しか住んでいなかった。
 修理屋だと思い込まれて一方的に話をまくしたてられるしかなかったマッシュは、辟易としながら少女を担いで家を出る。
「参ったな……どこか、この子を休ませる場所がないと」
 考えを巡らせながら、何とはなしに周囲に目をやった。
 庭先にある井戸の傍に、黒尽くめの男が立っている。少なくともここの爺さんよりは話が通じるだろう。そう思い、声をかける。
「旅の者か?」
 男は無言でマッシュに顔を向けた。覆面で、表情は読めない。
「すまない、この辺りに町はないだろうか。この子、川に落ちたかしたようで、岸辺に倒れていたんだ。どこかで休ませてやりたいんだが……」
「いや……」
 少し考えるようにしながら、男は静かにかぶりを振った。
「一番近いところでは、ドマだな。それでも遠いが」
「……そうか。それじゃあ、何とかあの爺さんを説得するしかないか」
 マッシュは溜息をついて、少女の寝顔に目を落とした。