24

「岩砕き、躯崩す、地に……」
 それは、奇妙に舌に馴染む言葉だった。
 魔法というのはいかにも不思議なもので、誰に教えられたわけでもないのに自然と呪文が口をついて出てくる。身体の中で強大な何かが渦を巻き、膨れ上がっていくのがわかる。その力を解き放つべく、前を見据え
「ファイ……」
 たところに、毒々しい紫の羽を広げた巨大蜂が顔めがけ突っ込んできたので、椎子はたぶん人生の中でTOP3にランクインするんじゃないかという盛大な悲鳴を上げた。
 仰け反ってしりもちまでついた失態が逆に功を奏して、巨大蜂は危うく椎子の頭上を通り過ぎていった。が、すぐに方向転換しこちらに向かってくる。ど、どうしよう、逃げないとっ……ううん、それよりももう一度魔法を……
シイコ!」
 名前を呼ぶ声があって、それが椎子をいくらか冷静にさせてくれた。
 魔法の力はいまだ椎子の中に感じられる。その袂を感覚の指でどうにか掴み取り、同時に現実の手のひらを前に突き出した。
「――ファイア!」
 瞬時に巻き起こった熱風が、痛いくらいに顔面に吹き付けてくる。ぎゅっと目を閉じ、おそるおそる瞼を開けると、焦げ付いた巨大蜂が地面に墜落するところだった。
「や、やった……」
 安堵の呟きも、知らず上擦ってしまう。
 何とか危機を脱したにもかかわらず――いや、むしろそのためなのか、奇妙な高揚感が椎子の鼓動をいつまでも緩めてくれない。ロックが駆けつけてくるまで、椎子は地面に座り込んだまま、そこから少しも動けないでいた。


 草木の青臭さ、加えて僅かに残る焦げた臭いとが同居する森の中、椎子とロックは並んでジドールへの帰途に着いた。
「――今日の反省点は?」
 道すがら、ロックが投げかけてくる。
 先ほど拾い集めた針をどこからか取り出した紐で束ねながら、さすが他称ドロ……もとい自称トレジャーハンターというだけあって、彼は道と呼べないような悪路も難なく歩く。椎子も、ロックの根気強い指導の甲斐あって、足と口を同時に動かすのを滑らかにこなせるようになってきた。
「その……魔法を完成させるのが、遅かったこと、でしょうか」
「まあ、そうだな。ということは、次は何をすればいいかわかるか?」
「えーっと……」
 とは言えこの反省会は、なかなか慣れない居心地の悪さがあって、いまだ訥々とした返しになってしまいがちだ。椎子はそれを振り払う思いで、勢い込んで答えた。
「早口言葉を練習します!」
「はい、零点」
「わっ」
 つれない解とともに針の束を投げて寄越され、ほとんど前につんのめるようにして腕を伸ばす。目測は外したものの、束はかろうじて指先に引っかかった。ロックは両手の塞がった椎子の分まで、張り出した枝を払って先を進んでいる。
「要は、タイミングなんだよな。さっきみたいに魔法が遅れたら的になる。かと言って、早すぎても味方を巻き込むだろ?」
「うっ……」
 すでに彼のバンダナの端を焦がした経験を持つ椎子には、非常に耳が痛い話だ。
「す、すみません……その節は、ロックさんには大変申し訳ないことを……」
「ああ、いいって、別に謝ることじゃないぜ。戦い方なんて、最初はわからないのが当たり前なんだからさ」
 魔導の力の影響を受けやすい椎子は、幻獣ラムウに託された魔石により、他のみんなよりたくさんの魔法を使えるようになったらしい。しかし、やはり元来の経験がものを言うのか、椎子はすっかり教えられる立場になっていた。
 今は、ロックが害虫や害獣駆除の依頼を引き受けてきて、それを一緒にこなすようにしている。椎子の感覚では、いくらモンスターでもむやみやたらな殺生は躊躇われるので、真っ当な動機があるのは非常に助かった。
「まずはそのタイミングを掴めるようにならないとな。とにかく、実戦あるのみだ」
「はいっ」
 人に頼ってばかりで情けないという気持ちがあるにはあるが、こうして力になってくれる人がいるのだ、何でもやってみなければなるまい。椎子は自分を奮い立たせた。
「私、頑張ります! よろしくお願いしますっ、師匠!」
「おう、任せとけ」
 ロックは何やらむずがゆそうではあるものの、口もとが緩んでいるのを見るに、師匠と呼ばれるのは満更ではないようだ。
「あとは――」
 と、言いさし、来た道を振り返るロック。椎子もつられてそちらを視線をやった。そこには、見るも無残な焼け跡が残されている。
「これからは、森の中でファイアを使うのはやめとこうな……」
「そ、そうですね……」
 ロックの訓示を椎子はしかと心に刻んだ。何とか小火程度に留められはしたが、氷の魔法で火を消すのは、モンスターと戦う以上に、それはもう大変だったのだ。


「ご苦労さま。こっちが代金だよ。少なくて悪いけど」
「いえっ、そんなことないです、ありがとうございますっ」
 針の束は、ジドールの道具屋に持ち込むと、いくらかのお金に換わった。
 自分ひとりの力で成し遂げたことではないけれど、働いて得たお金というのはとても感慨深い。いつか、これで何か皆さんにお返しができればいいなあ……考えながら、取り分を大事に鞄にしまい込む。
 店を出たところで、ロックがうんと伸びをしながら言った。
「今日の訓練はここまでだな。お疲れさん」
「はい、ロックさん。どうもありがとうございました」
「宿に戻る……にはまだ早いか。どうする? セリスたちの様子でも見に行くか」
「あっ、そうですね!」
 オペラ座では気合いのかけ声を上げたロックと椎子だったが、いざセリスの舞台稽古が始まると素人の出る幕はない。エドガーがセリスのフォローを買って出たため(これでも国王だからね、というのが本人の言で、なぜ王様だとその役目になるのか椎子にはいまいち謎だ)、日中は二組に分かれて行動していた。だが、何かにつけては頻繁にオペラ座まで足を運ぶ、蚊帳の外の二人であった。
 早速オペラ座へ向かってみると、今は客の出入りのないガランとした舞台の中央で、セリスとエドガーがワルツを踊っていた。
 セリスは、椎子が初めて見る真っ白なドレス姿だ。仕立て直しに出されていたマリアの衣装が返ってきたのだろう。ステップに合わせて波打つ金糸の髪が、ドレスの色によく映えている。一方で平服のままのエドガーは、しかし、少しも見劣りしないのはさすがと言うべきか。見目麗しい二人が踊っている光景は、まるで童話の一場面のようだ。
 しばらく見とれているうちにダンスが終わり、セリスたちがこちらに気が付いた。椎子は団員たちに会釈しつつ袖から舞台に上がると、セリスのもとに駆け寄った。
「セリスさん。それ、本番用の衣装ですか?」
「ええ、でも、ドレスなんて着慣れなくて……変じゃないかしら」
「そんなことないですよ! すっごく似合ってます、綺麗ですっ、三国一です!」
シイコったら。もう、大げさなんだから」
「全然大げさなんかじゃないですよっ」
 はにかんで、ちょっと微笑むセリス。ナルシェで同じことを伝えた時の彼女の反応を思い起こすと、何だか今日までの偉大なる進歩を感じる椎子であった。
「ね、ロックさんもそう思……ロックさん?」
 ロックに声をかけたら、彼はどういうわけかセリスを見やったまま、ぼんやりその場に突っ立っている。
「……あのー、ロックさん?」
「ああ……」
 椎子が重ねて呼びかけて、やっと声が届いた様子だ。それでもどこか心ここにあらずといったふうである。セリスは眉尻を下げ、心許なさそうにドレスのあちこちを改めた。
「ロック? 私、やっぱり、どこかおかしなところが……」
「あっ、いや、そうじゃないんだ! そうじゃなくて、その……何て言うかさ……」
 ロックはしどろもどろになって、口をつぐんだ。けれど、セリスから視線を外そうとはしない。そして彼を見返すセリスは、不安に満ちた瞳で、いや、そこには僅かな期待の色も含まれているような……
 …………おや?
 今、見つめ合う二人の間に、少女漫画でよく見かける点々のマルがたくさん漂っている気がした。
 もしかして私、お邪魔なのでは……?
 こっそりフェードアウトしようと後ずさっていたら、踵が何かにぶつかた。あっと思った瞬間にはバランスを崩し、身体が後ろに傾いで――
 すんでのところで、背中を支えられた。
 本日二度目のしりもちを免れた椎子がびっくりして振り仰ぐと、とっくに脇に退避していたらしいエドガーと目が合う。
「あっ、す、すみません」
「いや、構わないよ」
 エドガーの応えが笑い混じりなのは、傍から見ると不審極まりない椎子の挙動をしっかり目撃されていたからだろう。椎子はその気まずさを誤魔化そうと口早に話しかけた。
「あのっ、エドガーさんって、ダンスまでできるんですね。それって、王様だから……」
「うん? ああ、まあ、そうだね。ロックの奴よりは、こういう場に駆り出される機会が多いかもしれないな」
 と言っても付き合い程度のものだよ、と軽く言ってのけるエドガーだ。
 だが、先ほどの彼の姿はとても堂に入っていた。あれがもし本当に「付き合い」レベルなら、椎子がダンスを会得できる日は一生やって来ないだろう。そう正直な感想を漏らしたところ、
「そんなことはないさ。特に女性の場合は、こう――」
 エドガーは椎子の手を優しく握って持ち上げた。思わず飛び上がりそうになった椎子を抑えるように、続いて背に彼の右手が添えられる。流れるような所作のエドガーにつられるまま足を動かすと、自然にその場でくるりとターンすることになった。
「リードされるのに任せればいい」
「わあっ……」
「そうそう。上手だね、シイコ
 もちろんエドガーの言葉にはお世辞も多分に含まれているだろうし、椎子の動きはまるきり素人に違いない。しかし、最低限さまにはなっていると言うか、それっぽい。椎子をおおっと唸らせるくらいには、十分な出来だった。
「すごいっ、ちゃんと踊れてるみたいです」
「みたいじゃなくて、踊れているよ」
 素人にもそう感じさせるということは、やはり、彼にそれだけ技術があるのだろう。本業じゃないのに、すごいなあ。これが王族の嗜みというやつかもしれない。椎子ははしゃぎながらも感心しきりだった。
「何か、上手くやるコツとかあるんですか?」
「コツか。……そうだね。恋した相手と向き合う気持ちでいることかな」
「こっ、恋」
 すごいことを言う。
 ……でも、実際、どうだろう。あんまり、こういうことをしている姿を想像できないし、頼んでも付き合ってくれそうにはないなあ……
 などと思案していたら、エドガーが意味深長な微笑を浮かべた。
「おや。その相手が私だとは、言ってくれないのかな。妬けてしまうね」
「えっ。……えっ!?」
 椎子ははたと自分が考えていたことを思い返してみて、大いにうろたえた。
「え、ち、違っ……! 違うんですっ、今のはそういうのじゃなくて!」
 思わず、ホールに反響するくらい大きな声になってしまった。
 その響きに我ながらびっくりしてしまって、次いでハッとなる。しまった。セリスたちの邪魔をしないでいたかったのに、今ので良い雰囲気に水を差してしまったのではないか。慌てて目をやると、そこには心なしかブリザードが吹き荒れていた。
「エドガー……私、次はないと言わなかったかしら」
 セリスは美しい装いもかたなしに険しい顔で、無意識の動作なのか自身の腰のあたりを探っている。しかしドレスを着ている今はもちろん徒手だ。
 確かに、これまでの会話の流れを知らないと、椎子とエドガーの距離は不自然に近しいかもしれない。しかも手まで握っていた。エドガーはすでに両手を挙げ、賊心がないことをアピールしているけれども。
 肝心のロックは、セリスの剣幕にちょっと後退りしつつある。
「セ、セリスさん、あの、それも違いますからっ!」
 何とか取りなして誤解は解けたものの、二人の距離が近まったかどうかは微妙なところだった。


 そんなこんなで時間は過ぎていき、ついに舞台初日を迎えた。
 セリスは準備のため、朝早くにオペラ座に向かった。椎子たちは劇団員たちの邪魔になってはいけないので、開演時間に合わせて出発する運びだ。そして、いざジドールの宿を発とうとした時、椎子たちの部屋にある人物が姿を現した。
「マッシュさん!?」
「よっ。久しぶり……でもないか?」
 相変わらずの大らかな笑顔を見せるマッシュ。
 ナルシェを出てそう日数は経っていないが、それまでは毎日ずっと一緒に過ごしていた、椎子もマッシュの言うようにひどく久しぶりの再会に感じる。別れを告げた時は不安な情勢下だったから、今生とまでは言わずとも、長い別離のつもりだったこともある。
 そうだ、マッシュがいるならカイエンとガウは……きょろきょろと周囲を窺う椎子に、マッシュは何を思い出したのか苦笑いする。
「バナン様の護衛はカイエンに任せてきた。ガウのこともな」
「そう……なんですか?」
 事情はよくわからないけれど、ともあれ、こんなに早くにまた会えたのは嬉しい誤算だ。いつものマッシュに倣って細かいことは気にしないでおこう。
「入れ違いにならなくてよかったですねっ。私たち、今からオペラ座に……」
 言いかけて、椎子は口をつくんだ。いきなりオペラ座と言われても、マッシュはわけがわからないだろう。
「えーっと、話すと長くなるんですが、飛空艇を借りるためにセリスさんが囮で女優をやることになって……」
 改めて説明しても意味不明だ。
「そうじゃなくて、ええと、帝国へ行く船がなくってですねっ、ちょうどオペラ座に予告状が届いてて……」
「いや、わかってるよ」
 マッシュは笑って、あたふたしたしている椎子の頭に手を置いた。
「ロックが伝書鳥でまめに連絡をくれてたんだ」
「と、鳥? ですか……」
 ロックがそんなことを。そして通信手段は鳥なのか。という諸々の驚嘆を込めて振り返ると、ロックは面白がっているようなニヤニヤ笑いをしながらこちらを見ていた。エドガーも動じた様子がないから、二人ともとうにマッシュが来るのを知っていたのかもしれない。
 なんだ、それならそうと教えてくれたらよかったのに……椎子がいじけた気持ちになっていると、頭にある手が突然わしゃわしゃ撫でてきた。
「わーっ。も、もう、マッシュさんっ」
「……思ってたより元気そうだな、シイコ
 咎めようと見上げた先で、マッシュがぽつりと言う。それはようやく気が晴れたというような、ありありとした安堵がこもった声と表情で、椎子は言葉を失ってしまった。
 もしかして椎子の事情を知って、遠路遥々駆けつけてきてくれたのだろうか。椎子は思った。生まれた世界を離れてしまったけれど、椎子は恵まれている。知らない世界でも、こんなにいいひとたちと巡り会えたのだから。これから何があったって頑張れる。
「はっ、はい、元気です!」
 そんな決意をこめた返事は、ちょっと大仰なものになってしまった。
 そうかそうか、とマッシュはさらに頭をかき回してくる。マッシュが嬉しそうするので何も言えずにされるに任せていたら、椎子の髪型はとても前衛的なものになった。


 改めてオペラ座に向かった椎子たちが建物の中に足を踏み入れるなり、客でごった返したロビーの奥から団長がすっ飛んできた。
「今日は無事済むように頼むよ。席は取ってあるから、芝居は客席で観ていくといい」
「は、はい、ありがとうございます」
「ではまた後で」
 気圧された椎子がかろうじて頷くと、また風のように駆け去っていく。開演前にセリスの様子を見に行きたかったのだが、希望を伝えそびれてしまった。
 四人はすぐにスタッフに席まで案内された。マッシュが急遽加わったことで、チケットの手配の都合上、一席だけ離れた列になるという。
「なら俺があっちに座るよ。みんなは積もる話もあるだろ」
 それにはロックがこう言い、すんなりまとまった。
 せっかくのロックの気遣いだったが、開演時間が差し迫っていたこともあって、あまり会話をする暇もなく幕が上がった。
 主役の男性が、耳に心地よい声で朗々と歌い上げる。
 椎子はオペラには詳しくないが、団長たちの気合いの入れようが伝わってくる舞台だった。初めての芝居でこの大舞台に挑む羽目になったセリスのことが心配になってくる。セリスの出番はまだ先のはずだし、今からでも楽屋に行ってみようか。
 気もそぞろに舞台を観ていた椎子はそう思い立ち、隣のマッシュに小声で話しかけた。
「あの、マッシュさん……寝てる!」
 爆睡しているマッシュに椎子はびっくりした。照明が落ちているからまったく気付かなかった。それに、開演からまだいくらも経っていない。
 ……それほど疲れているのだろうか。
 ナルシェからここまではなかなかの距離だ。今まで思い至らなかったが、ロックの報せを受けてから出発し今日到着したとなると、相当に急いだ道中だったはず。
 それに、砂漠を潜るフィガロ城。マッシュは十年ぶりの帰郷をゆっくり過ごすことはしなかっただろう。自惚れでなければ、椎子のために……
「弟のことは気にせず、行ってくるといい」
 反対隣からエドガーがそっと声をかけてきた。
「……エドガーさん」
「セリスのことが気にかかるのだろう?」
「あの、すみません、私……」
 どうやって謝罪すればいいのか。言い淀む椎子に、エドガーは微笑む。薄暗い中でもはっきりわかるほど、優美な笑みだった。
「本来ならマッシュはもっと長くナルシェに逗留していたんだ。一足先に城の皆に顔を見せてやれてよかったと、私は思っているよ」
 彼はどこまでもお見通しらしい。
 劇が無事に終わったら、マッシュにはよくお礼を言っておこう。椎子はそう心に決めた。後押ししてくれたエドガーにもお礼を言って、観客席を抜け出す。
 その間際、「ロックの反応が楽しみだな……」とか何とか、どことなく人の悪い笑みでエドガーが呟いていたのが気になったものの、もたもたしているのも周囲の客に申し訳なく急いで出てきてしまった。
 明るさと静けさに満ちたロビーには、まったく人気がない。
 楽屋には何度か立ち入ったことがあり、道順はわかっている。その途次で、椎子は床に何かが落ちているのを見つけた。
 手紙のようだ。
 拾い上げてみると、しっとりというか、ぬめぬめしている。今日は朝から晴れているというのに。
 椎子は宛名を読むことができない。客の落し物なら、席に戻る時に受付に届けておけばいいだろうか。そう考えを巡らせていたら、もう楽屋の前に辿り着いていた。
 ノックしようとして、椎子は手を止めた。楽屋の扉はほんの少し開いており、その隙間から微かに話し声が聞こえてくる。
「…………」
 一瞬の躊躇の隙に、内側から扉が開いた。
 椎子が聞きつけた声の主――ロックが出てきたのとばっちり鉢合わせする形になる。まさか部屋の前に椎子がいるとは思いもよらなかっただろう、ロックが息を呑んだ気配が伝わってくる。そしてロックの肩の向こうに見える、本番の今日ひときわ麗しいセリスは頬を真っ赤に染めていて……椎子は回れ右をして駆け出した。
「……お邪魔しましたーっ!」
「まっ待てっ、シイコ!」
 するとロックが追いかけてくる。
「待てって! シイコ、何か変な勘違いしてないか!?」
「してないですしてないですっ、私、なーんにも聞いてないですからっ! 『ふっ、似合ってるぜ、そのリボン……』しか!」
「一番聞かれたくなかったところだよ!!」
 ロックが追ってくるのでつい逃げ続けた椎子は、一階と二階をぐるぐる周回して三周目に差しかかったところで力尽き、階段の手すりに寄りかかりながらくずおれた。
「た……」
 追いついてきたロックも、椎子ほどではないが息を切らしている。
「体力ついたな、シイコ……」
「あ、ありがとう……ございます……師匠……」