23.7
暖炉の火が音を立てて弾けた。油を拭い取ったカイエンの愛刀が、炎を映して赤く輝く。その刀身をよく改めながら、カイエンはちらりとマッシュの方を見やった。いつもなら手が空けばマイペースに筋力トレーニングに取り組んでいるマッシュは、先ほどから意味もなく部屋の中を歩き回っている。
――原因は聞かずともわかる。ロックからの伝書鳩だ。
手紙はゾゾで無事にティナを見つけたという吉報に始まり、続いてラムウという老人の姿をしていた幻獣が語った話、帝国の魔導研究所へ乗り込む算段……最後に、シイコのことが書かれてあった。
シイコの身の上には、カイエンはただただ驚き、そして同情を禁じえなかった。何か事情があるのだろうとは思っていたが……ともあれ、難しい顔で手紙を読み終えたマッシュは、それ以来ずっとこの調子なのである。
「マッシュ殿、少しは落ち着かれよ」
見るに見かねて、カイエンは声をかけた。
「それほどに気になるのであれば、いっそジドールへ向かいエドガー殿らと合流してはどうでござるか」
「カイエンもそう思うか!?」
途端、マッシュは音がしそうな勢いでこちらを振り向いた。
夕餉の後で、暖炉の前に犬座りでうつらうつらしていたガウが、大声に反応してかビクッと目を覚まし、それからきょろきょろと辺りを見回した。マッシュはそんなガウに目をやり、きまりわるさを誤魔化すように頭をかく。
「あ……いや、でも、バナン様の護衛がある。幻獣も守らないといけない。それに、帝国に乗り込むのにガウを連れていくわけにはいかないよな」
普段はあまり細かいことを気にしない性格のようでいて、マッシュは時折こんなふうに妙な物分かりのよさを見せることがあった。これでフィガロの王弟なのだ、その育ちがそうさせるのかもしれない。
「護衛の任は拙者ひとりでも果たせよう。ナルシェの守りは十分整ってきたように見受けられるでござる。そして」
カイエンはマッシュが口にしたひとつひとつを打ち消していった。
「拙者、ガウ殿を連れてとは言っておらぬよ」
「俺一人でってことか?」
「マッシュ殿も言ったように、果たすべき勤めを投げ打っては、元も子もないでござるからなあ」
あえて呑気な口調を装って告げれば、マッシュは腕を組んで悩み始めた。
そう、マッシュがうろたえ迷っているからこそ、カイエンは落ち着いていられる――「帝国」の文字を目にしても、取り乱さずにいられるのだ。そして、たとえ己が合流したとして帝国潜入に際して頭に血を上らせないではいられまいと、冷静にそう判断することができるのは、あの時セリスに刀を向けたカイエンを身を挺して止めてくれた少女の存在が大きい。
であれば、今、カイエンには何ができるのか……
シイコの助けになること、マッシュの迷いを断ち切ること、ガウを無闇に危険に巻き込まぬこと――それらに心砕くことこそ年長者の務めではないか。
「ジュン殿にナルシェの状況を聞いてはどうでござろう? それによっては、結論もまた変わってくるでござる」
「そうか……そうだよな! ここで悩んでたって答えは出そうにないし……よし、行ってくる!」
言うが早いか、マッシュは慌しく部屋を飛び出していった。
一度こうと決めてしまうと、本来の豪放な性質が顔を見せるらしい。呆れ半分、感嘆半分の溜息をつき、カイエンは刀の手入れを再開した。いや、その前に、今にも眠り込んでしまいそうなガウを寝床へ促さなければ。
「ウウ……マッシュ、どこ行った?」
「さて。マッシュ殿もしょうがない兄でござる。なあ、ガウ殿」
「ガウ?」
カイエンは穏やかに口元を緩める。ガウが眠たげに目を擦りながら首を傾げたのと同時に、また暖炉の火が大きく弾けた。