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青山では黒髪のショートボブに眼鏡、清楚なセーラーといった出で立ちだったミサは、脱色したツーサイドアップに隙のない化粧をして、ゴシックロリータとパンクファッションの中間のような、樹里の度肝を抜く丈の短さのワンピースで夜神家に現れた。「ミサさん、今日は何だか、ええと……印象が違いますね」
「うん、だってアレ、変装だもん」
……なるほど。
この格好では青山でも目立つだろうから、賢明な判断だ。しかし普段がこうも派手なら、いつでも変装しているべきではないだろうか。そんなことを考えつつ、ミサを自室に通す。この殺人鬼と対面するのは気分が悪いことこの上ないが、今日は兄から、第二のキラから情報を聞き出しておいてほしいと頼まれているのだ。
ミサは、樹里に問われたことには素直に答えた。
死神の目の能力の仔細、テレビ局にテープを送ったときの細かい状況。それに加え「樹里を殺すとレムが死ぬ」という発言、その真意について。三つ目の話題のときには、むしろ得意げでさえあった。
「あはっ、樹里ちゃんは知らないんだ? 死神の――」
ころしかた。
音をひとつずつ区切って、歌うように囁く。いやに意味を持たせた言い方だ。
「殺し方って?」
「いいよ、教えてあげる。キラに会ったら話してあげようと思ってたんだ」
ミサがそう請け負うと、背後のレムがもの言いたげに彼女を見た。異形にじっと凝視されていても、ミサは意に介する素振りがない。
ジェラスという死神は、ミサを助けて砂塵となった。好意を持った人間の寿命を延ばす目的で誰かを殺した場合、死神はその人間の代わりに死ぬというルールがある。レムが樹里の名をデスノートに書けば、それはミサの命を助けるためということになり、レムは死んでしまうと言う。
「へー。じゃあレムも、ミサさんのことが好きなんだね」
「まあ、そうなるね」
「やばっ、私モテモテじゃん? 死神に愛されても困っちゃうけどー」
「一応断っておくと、人間の言う愛情とは違うよ。私もメスだから」
メスなのか……
見た目からはさっぱり判別がつかない。ふと、樹里は死神のオスであるところのリュークを見上げた。
「リュークも、あたしを助けたら死んじゃうのかな?」
「ああ、ジュリのことは嫌いじゃないから、そうなるかもな。絶対しないけど」
「ありがと、リューク。あたしも、リュークのそういう薄情だけど正直なとこ、好きだよ」
「そりゃどうも」
ミサを殺すには、レムを殺さなくてはならない。しかしレムを殺すためには、ミサが死ぬかもしれないという状況を作り出さなければならない――
今現在でミサの命を脅かす存在は、警察だ。罪のない警察の人間を犠牲にすることは、もちろんできない。となると、犯罪者の行動を操って、ミサを追い詰めれば……しかもレムには決して悟られないように……
それが困難を窮めるだろうことは、兄ほど賢くない樹里にもわかる。だからこそミサは樹里にあっさりとこのルールを教え、レムも言葉にしてまで止めはしなかったのだろう。
「――流河旱樹? ふうん、ああいう感じが好きなんだ、樹里ちゃん。私、一回だけテレビ局ですれ違ったことあるよ」
「旱樹と!? な、なん……ああっ、ミサさんって、もしかしてミサミサ!?」
「あ、ミサのこと知ってた? わー嬉しー」
デスノートや死神のこと、キラのこと、それに見せかけの親交を深めるためにと好きな芸能人や音楽、果てはミサのモデル活動にまで、話題は多岐に渡り、数時間が過ぎた。そろそろお暇するというミサを見送りに一緒に玄関まで行くと、ちょうどのタイミングでリビングから月が出てきた。
月は、客人の風貌が妹の証言とかけ離れていたからだろう、ほんの一瞬だけ動きを止めた。しかしすぐに、そのぎこちなさすら難なく払拭する秀麗な微笑を浮かべる。
「――こんにちは。樹里の友達?」
いかにも偶然出くわしたふうを装って、実はレムが本当に見えるかを確認するためである。月に見惚れてぼうっとなっていたミサは、問われて、弾かれたように背筋を伸ばした。
「はいっ、あ、弥海砂です! 樹里ちゃんには、いつもお世話になって……」
「こちらこそ、妹と遊んでくれてありがとう。またいつでもおいで」
「は、はい、ぜひ……!」
「それじゃあ」
短く言い残し、月は二階への階段を上っていく。
その背中が見えなくなるまで、ミサはポーッと赤味が差した顔で熱い視線を送っていた。それからこちらを振り返ると、ものすごい勢いで樹里の肩を掴んでくる。
「ねえっ、い、今の誰!? 樹里ちゃんのお兄さん!? ツキさんっていうの!?」
「い、いえ、月と書いてライトって……」
がくがくと揺さぶられ、樹里は目を回しながらかろうじてそれだけ答えた。途端にミサは樹里を解放し、胸の前でうっとりと手を組む。
「月と書いてライト……あーん、名前までステキ!」
家に遊びにきた樹里の友達が「こう」なるのはよくあることで、取り立てて珍しい光景ではない。樹里の兄はあんなに格好いいのだから、一目見て好きになってしまうのも当然だ。誰が責められようか。
しかしそれにしたって、ミサの反応は樹里が知る誰よりも顕著だった。
「ねえ、ライトさん、彼女いるの?」
「え、うん。お兄ちゃん、彼女は、いた……かな……」
ここでフリーだと教えるのは非常にまずい予感がして、樹里はわざと過去のこととも現在のこととも取れる曖昧な言い方をした。あまり効果はなかったらしく、「そっかあ」ミサはあっけらかんと笑う。
「彼女いても関係ないけどね。ミサ、絶対に好きになってもらえる自信あるし!」
「そうですか……」
「こうして会えたのもきっと運命よねっ。キャーッ」
効果がないどころか燃え上がらせてしまった。
――月には、自分が整った容姿をしているという自覚がある。
女受けのする、と言い換えてもよい。だから第二のキラが若い女だと知ったとき、まず第二のキラを自分に心底惚れさせ、何でも言いなりにさせようと考えたのも、月にとってはごく自然な思考の流れであった。
実際、月がちょっと微笑んでやれば、大抵の女は落ちる。しかし現状は――
「あっ、ライトさん、こんにちはっ。大学の帰りですか? やだー、すごいぐうぜーん!」
「……やあ、ミサちゃん」
自宅の最寄り駅で連日ミサに待ち伏せされるという、プチストーキングの被害を被る羽目になっている。
月の誤算は、ミサの行動原理を占める恋愛感情の割合が予想を遥かに超えて多かったこと、これに尽きる。
中高ともレベルの高い私立校に通い、現在は東応大学の学生をしている月である。つまり月の周りにいる女子は、程度の差こそあれ、お行儀のよい優等生たちばかりだった。これまで縁遠かったタイプ――色恋優先で感情の赴くままに動くミサの行動パターンを読み違えることは、当然の帰結だったのかもしれない。
「ライトさん、もし時間があったら、どこかでお茶でも……」
「ああ、ごめん、今日は用事があるんだ。帰ったら、またすぐ出かけるから」
「じゃあ、途中までご一緒していいですか? そうだ、私、ちょうど樹里ちゃんに会いにいくところだったんですー」
「……もちろん」
しゃあしゃあとのたまうミサに、月は表面上は穏やかな笑みで応じた。
ミサの両親が強盗殺人の被害者で、キラがその犯人を裁いたことは、インターネットで検索するだけで簡単に手に入る情報だ。そんなミサが、第二のキラ出現に合わせて月の近辺にたびたび姿を現わすようになった……たとえLでなくとも疑わしいと思うだろう。
ミサは月もキラだということは知らない。だとしても、樹里の周囲で目立った行動を取れば、警察に目を付けられるかもしれない、とは考えないのだろうか。樹里から釘を刺させても、その場では了承してみせるらしいが、ちっとも改善される気配がない。
キラを見つけだした力量、それにビデオテープの指紋の話を聞いて、さほど馬鹿ではないと踏んだというのに……最初は友人の兄としてゆっくりと距離を縮め、追い追いLの名前を知るのに利用するつもりだったのに、とんだ計算違いだ。
と、愚痴愚痴と考えていても詮ないことだった。
延々と続くミサの中身のないおしゃべりを聞き流しながら、家に帰り着く。ミサが引きとめてくるのをやんわりと断って部屋に引っ込んだ月は、アドレス帳から適当な番号を選んで電話をかけた。
「シホ? 久しぶり。いや、用があるわけじゃないんだ、急に声が聞きたくなってさ。突然だけど、明日、会えないかな? ……そう、うん、よかった」
木の葉を隠すなら森の中しかあるまい。
月がせっせと森を築いている間に幾日かが過ぎ、捜査本部では「キラと第二のキラは接触を果たしたのではないか」という危惧の念が強まってきた。日記に記されていた青山、渋谷、東京ドームでの捜査がいずれも空振りに終わり、以来、第二のキラからの便りがぱたりと途絶えたからだ。流河の案で、第二のキラへ呼びかけるメッセージがテレビで放映された。
ミサには樹里を通じて、捜査攪乱のために「キラに名乗り出るのはやめるが、犯罪者裁きは続ける」「私が認めた人間には殺しの能力を分け与えていく」という返事を出させた。しかしそれは、結果として流河にキラと第二のキラの繋がりを確信させることになってしまった。
やはり、これ以上はミサを自由にさせておけない。
即刻処分するのが一番なのだが、レムの存在がそれを阻む。ならば多少強引にでも事を進め、流河を始末するべき……否、軽率が過ぎる。月はいまだLの正体を掴みきれていない。けれどあの流河を殺せば、ミサを抑えておく必要はなくなる……
「――『L』というのは数人の捜査団を指すことにします」
森の木の葉の一枚、高田清美と大学構内を歩いていた月の前に姿を現した流河は、さらに月を翻弄することを言ってきた。
高田をすぐに先に行かせ、流河と話す間にも、月は考える。確かに、捜査本部のパソコンの向こうにも別のLがいる。流河をすぐにでも殺すのは早計か? いや、キラと第二のキラの繋がりは流河にとって脅威のはずだ、月の行動を鈍らせるためのはったりということも……
月が二つの思惑の間で揺れていると、この場で最も聞きたくない声がした。
「ライトさん、見ーっけ!」
ぎょっとして振り向くと、笑顔のミサが――ついでに、その背後には白い死神も――立っている。どうしてここに、と月が問う前に、ミサは甘い声音で続けた。
「えへへ、この近くで撮影があるから遊びにきちゃった!」
こいつ……仮にも一度はキラを名乗っておきながら、軽はずみなことを……
焦燥感に苛まれる月をよそに、「ライトさんのお友達ですか? 私、ライトさんの彼女候補の弥海砂ですっ」「流河旱樹です、どうも」、二人は悠長に挨拶を交わしている。キラと第二のキラ、そしてLが、予期せず一堂に会してしまった。
……待てよ。むしろこれは好都合かもしれない。
「えっ? 流河旱樹?」
「ああ、面白いだろ、ミサちゃん。こいつ、アイドルと同姓同名なんだ」
ミサが迂闊なことを口走らぬよう、月は先回りして言う。面食らっていたミサは、はたと我に返ったようだ。さすがに、ここで本名がどうのと言い出すほどの馬鹿ではないらしい。流河には、ミサを不審がる様子はない。
――勝った! ミサには流河の名前が見えている!
月は口角が上がりそうになるのを懸命に堪えた。
仕事の時間となったミサが立ち去ると、月は適当な理由を作って流河と別れ、すぐに電話をかけた。
ミサから流河の本名を聞き出す。近くミサと二人で会う算段をつけ、そこでの会話の中から切り口を作るんだ……大丈夫、僕ならできる。
コールボタンを押した瞬間、月のすぐ後ろで軽快なメロディが鳴った。つい今しがた背を向けた方を見やると、同じくこちらに背を向けていた流河が音の鳴る携帯を手にしているところだった。
「もしもし?」
流河の肉声と、電話越しの声が同時に耳に届く。
「……何がもしもしだ……それはミサの携帯だ」
「そうでしたか。さっき落ちていたのを拾ったのですが」
「……僕から返しておくよ」
目まぐるしく思考を巡らしているために、言葉少なになってしまう。ミサのバッグから携帯を抜き取ったのか。つまり、流河はもうそこまでミサを疑っている。
と、次には素っ気無い電子音が鳴り出した。
「今度は私の携帯です」などととぼけたことを言いながら、流河が電話に出る。何度か相槌を打ち、「やりましたね」と応じて通話を終えた。そして、月を振り返る。
「夜神くん、弥海砂を第二のキラ容疑で確保しました」
――ミサの自宅からはビデオテープを送った物的証拠が数多く見つかり、彼女が第二のキラであることは確定的だという。
その後、月も証拠品の検証やミサの取調べに立ち会えることになった。
月をキラだと疑っている流河は、内心では捜査本部の出入りを禁止にしたくても、父や他の捜査員を納得させられる材料がなかったに違いない。月がミサと会ったのは第二のキラの日記にない六月に入ってから、それも樹里を経由してというかたちでだ。
しかし安心はできない。ミサがもしすべてを吐露してしまったなら、危なくなるのは樹里の身である。
ミサを殺すしかないのか?
だが、月がミサを殺せば、樹里がレムに殺される。どちらに転んでも、樹里は……月は刑事たちと一緒に証拠品の数々を検証しながら、ひとり冷えた心地を味わっていた。
どこかに姿を消していた流河が本部に戻ってくる。そしてパソコンの向こうのLに一声かけると、画面には拘束されたミサの映像が映し出された。
「竜崎、こ、これは……!」
「第二のキラとして捕まえたんです。これくらいは当然です」
捜査としては明らかに行き過ぎているが、夜神家に監視カメラと盗聴器を仕掛けるなど、これまでも違法捜査すれすれのことを行ってきたのだ、ここで手を抜く道理はあるまい。刑事たちすら、異様な映像に動揺を見せたものの、抗議の声はひとつとして上がらなかった。
「あとは自供させるしかありません。どう殺したのか、キラを知っているのか、知っているなら誰なのか――」
冷たい汗が背筋を流れていくのを感じる。
樹里とミサは出会いの口裏を合わせ、捕まったときには互いのこととデスノートのことは話さないという約束を交わしもしている。しかしこれでは、いつまで持つか。
どうにかしてミサの口を封じなければならない。ミサのそばにはレムがいるが接触は難しい。いや、レムと話せたからと言って、何ができる? 何とかして尋問の方向を樹里から逸らす。それができれば、あるいは……
流河がマイクのスイッチを押した。
「弥。喋る気になったか?」
「ど、どうして……ミサがこんなことされなくちゃいけないの」
スピーカーから流れてくる声は、すでに憔悴の色が濃い。
まずい。何か、尋問を止めるもっともらしい理由はないのか。じりじりと思い巡らしても解決策は思い浮かばない。
「人を殺したからだ。犯罪者だけじゃない、こちらでわかっているだけで罪のない者を八人は殺している」
「でも、ミサは、キラの理想のために……」
「自分が第二のキラだと認めるんだな? キラに会ったのか?」
「そっ、そうよ、ミサは悪くない! 全部キラの言うとおりに、キラのためにやったんだもん! 悪いのは樹里よ!」
月は息を呑む。
ば、馬鹿か、こいつ……こんなにあっさりと樹里の名前を……
キラ事件の捜査を開始して、初めての大きな進展。捜査員たちは皆、流河の肩越しに固唾を呑んでミサの自供を見守っている。月にはもはや、画面の向こうにいるミサの口を封じる手立てなど持ち合わせていなかった。
身体を揺すり、拘束具を軋ませながら、ミサは叫ぶ。
「夜神樹里がキラなの!」