14

 某日、イギリスにて――
 養護施設ワイミーズハウス。その院長室では、院長である老人と二人の少年が書斎机を挟んで相対していた。しかし、少年たちが注目するのは院長ではない。彼らに向けて設置された机上のモニター、白い画面に大きく映る「L」の飾り文字だ。
「あんたがそんなに手こずる相手なんだな? そのキラってのは」
 少年の一人が刺々しく言った。
 スピーカーからは、平坦な男の声が流れる。
「そのようです。今のところ、私の策はすべて後手に回っています。先日身柄を拘束した第二のキラは、あるときを境に、こちらの質問にはすべて白を切り通すようになりました。キラがどうやってか口を封じたのだと、私は考えていますが……」
「……あなたが、私たちに捜査状況を明かす意図は何ですか」
 続けざま、もう一人の少年が問う。
 最初に問うた少年が今にもモニターに掴みかからんばかりであるのと違い、彼は書斎机から少し離れて床に座り込んでいる。手元には、完成間近まで組み立てられたジグソーパズル。庭で駆け回る子供たちの喧騒からはほど遠い静かな室内に、ピースを嵌め込む音は大きく響いた。
「二人のことですから、察しはついているのでは?」
「私はあなたの口から聞きたい」
 声が明言を避けると、即座に切り返す。最初の少年がさらに後押しした。
「僕も、あんたに言ってもらいたいね。こいつの肩を持つつもりはないけど――僕らはその方が張り合いが出る、それで、僕らをうまく乗せた方があんたにとっても都合がいい。そうだろ?」
「…………」
 問いかけに、声は否とも応とも答えない。けれどもそれが答えだった。
「キラ事件の捜査は、このままでは長らくの膠着状態に入るでしょう。それだけは避けたい。今は何よりも、この現状を打開する一手が欲しい。そこで……」
 少年たちはそれぞれの姿勢で、その先を一言も聞き漏らすまいと画面に食い入り、じっと注意深く耳を傾けている。
「キラ事件の解決により貢献した者を、私の後継者とします」
 すぐには、誰も言葉を発しなかった。
 ……パチ、というパズルのピースが嵌まる音を皮切りに、沈黙が破られる。
「では、私たちは日本へ?」
「やり方はすべて一任します」
 つまり、後継者を選ぶ試験はすでに始まっている――
 試験の舞台は日本をおいて他になかろう。被害者の傾向や第二のキラの存在から、キラが日本にいることはまず確定している。二人の少年は、示し合わさずとも同じ結論に達していた。
「L、私はあなたのもとで捜査したいと考えています」
「それもいいでしょう、ニア。しかし……」
「はい。当然ですが、『L』の権限は使いません。キラ事件の捜査には、私のやり方で加わります」
「わかりました。メロは?」
「……まさか、僕たち二人に『力を合わせて協力しろ』なんて言わないよな?」
「ええ。任せます、と」
「なら、僕は誰とも組むつもりはないよ。L、もちろんあんたともね」
 言い捨てて、彼は踵を返した。院長のロジャーが呼び止めたが、「僕ももうここを出ていく歳だ、ちょうどいいだろ?」、さらりと告げて部屋を出ていく。
 残されたニアは、メロの行方を追いはしなかった。視線を向けることすらしない。完成したパズルをひっくり返し、崩したピースをまた一から繋ぎ始める。
 Lはそれをモニター越しに見ていた。……いつも反りが合わず正反対のようでいて、終始自分のペースを貫き通すところはよく似通っている二人だ。そんなことを思う。
「二人とも、いったい誰に似たんだろうな」
 ふと漏れ出たLの呟きに、モニターのあちらとこちら、海を隔て別の国にいるワタリとロジャーはまったく同じ答えを思いついたが、稀代の名探偵に敬意を表してそれぞれ口を噤んでおいた。


 キラ事件対策捜査本部は警察庁の外にその所在を置き、数日おきの移転を繰り返している。
 顔と名前だけで人を殺せるキラに捜査員の素性を知られぬための措置である。移動にも細心の注意を払い、何組かに分かれて新たな拠点へと移るのが慣例だ。
 その日、月は父の総一郎とともに指定のホテルへと向かった。
 ロビーで皆と落ち合い、エレベーターに乗り込んで最上階へと足を踏み入れる。もはや手慣れた、いつもどおりの段取り。しかし、入ってすぐに月は眉を顰めることとなった。同時に誰かがあっと声を上げ、その驚きと戸惑いは他の刑事たちにも伝播していく。
 広いリビングは、客をもてなすのが本来の用途のため、仕事場と呼ぶには差し支えがあるほどに豪奢な設えだ。華美だが品のあるデザインのテーブル、ソファー、飾り棚、照明、床を覆う厚い絨毯。そして仕事場にも高級ホテルにも似つかわしくない、子供用のプレイマット。
 そこにはパジャマを着た少年が座り込んでいた。
 まだ骨ばったところの少ない幼さの残る手が、トランプカードを器用に扱って三角形のタワーを積み上げている。タワーの高さは、少年が長い時間をここで過ごしたことを如実に示していた。
 その空間だけを切り取るなら、何の変哲もない光景だと表現できたかもしれない。ただし、現実にはたくさんの条件が必要だった。ここが捜査本部でなければ、スーツ姿の男女がそばに控えていなければ、少年がこの雰囲気の中でもひときわ異彩を放つ妙な面を被っていなければ――
「だ、誰だ……?」
「我々はアメリカ合衆国のキラ対策機関、SPKです」
 少年の口から発されたのは、流暢な日本語だった。
「私は代表の……そうですね、Nと呼んでください」
 少年は手を止めてこちらに顔を――正確には「面」を向ける。誰何を受けてというよりは、捜査員たちの到着を契機に口を開いたというタイミングだ。
「SPK……それに、Nだって……?」
「そんな、Lの次ならMじゃなきゃおかしくないですか? ……あっいや、冗談ですけどね、冗談」
「言ってる場合か!」
 刑事たちのうろたえようには取り合わず、Nと自称した少年は続ける。
「合衆国は、独自にキラ事件を捜査する組織としてSPKを設立しました。キラが日本にいることはこれまでの事件により明白ですので、日本警察と協力体制に当たりたい。首脳間ではすでに話がついています」
 Nの素顔は窺えずとも、彼の背後に立つ三人(こちらは面などはつけておらず、Nより遥かに真っ当な風体である)は、明らかに欧米人の特徴を有している。キラへの対策も心得ており、どうやら適当な嘘を並べているのではないようだ。
「竜崎、どういうことなんだ?」
 月は部屋の中をぐるりと見渡して、リビングのソファーのひとつにLが座しているのを見つけると、すぐさま鋭く問うた。先んじて場所を移っていた彼は、SPKと一番に顔を合わせたはずだ。あるいは、各拠点を手配する当人なのだから、L自身が彼らを招き入れた可能性も考えられる。
 そんな言外の疑いを、Lはあっさり否定した。
「私は全世界の警察を動かすことはできますが、残念ながら、国家間の取り決めに口を出すほどの権威はありません。それに、どうやらSPKは私と繋がりを持たない組織として立ち上げられたようでして」
「しかし……この場所は、首脳どころか長官も知らないはずでは」
 相沢が唸る。彼の疑問にはNが答えた。
「あなたがたが東京都内、かつ警察庁の外部の施設にいるのは予想の範疇でした。あとは、ジェバンニが一晩で割り出してくれたので」
 Nの背後の三人のうち、黒髪の若い男が目礼してみせる。
 一連のやりとりを難しい表情で見つめていた夜神総一郎は、やがて腕組みを解き、彼らの前に進み出た。
「事情は了解した。共同捜査の件は……念の為に、長官に確認を取らせてもらう」
「はい、どうぞ」
「……日本警察に拒否権はないのだろうな。こうも強引な手法を取られては」
「理解が早くて助かります」
 Nの語調は淡々としているも、言いようはふてぶてしい。総一郎はことさら穏やかな口調で提案した。
「共に捜査するならば、互いを信用したうえで進めていきたい。N、ここではその面は外してもらえないだろうか?」
「それはできません。私は夜神月、彼がキラだと考えていますから」
「月がキラだと」
 総一郎がぎょっと目を剥く。
 何だこいつは……
 月はまず、Lに続く敵対者の出現に焦燥を抱くよりも先に、苛立ちを覚えた。咄嗟にLを見やるも、彼はひとまずは静観の姿勢を取るつもりらしく、口を挟む気配はない。
「二〇〇三年十二月、日本に十二人のFBI捜査官が入国しました。その直後、日本の刑務所内の犯罪者が立て続けに変死しており――」
 それらはキラによる、どこまで犯罪者を操れるのかを試すための実験であり、FBIが入国してから犯罪者の変死までの期間に調査対象となっていた夜神月は、キラ事件の容疑者たりうる。と、Nはそう持論を披露する。
「それは……Lも同じことを……」
「ここで顔を見せた後に私が死ねば、夜神月がキラである証明にはなります。逆を言えば、面を外さないうちに私が死んだのなら、夜神月はキラではない。私も死ぬのは嫌ので、死なない可能性が高い方を選ばせてもらいます」
「で、でもそれは、こっちでちゃんと調査してますよ!」
 真っ先に噛み付いたのは松田だ。
「月くんだけじゃなくて、全員の家に監視カメラを仕掛けて、キラによる殺人の間に怪しい動きをする者がいないか調べましたが、誰もいませんでした」
「監視カメラ。違法捜査ですね」
「う……」
「そのときの映像は?」
「残していないし、たとえあったとしても渡すことはできない」
 総一郎がぴしゃりとはねのける。Nの面の、大仰にデフォルメされたぎょろりとした目玉が一同を凝視した。
「では、日本警察の関係者に疑わしい者はいなかった……とは、あくまであなたがたの推察の域を出ず、物証はないということですね」
「我々を疑っているのか?」
「いえ、私が疑っているのはMr.夜神、あなたの息子さんだけです」
 すでに捜査本部の構成まで把握しているらしい。
 突然ずかずかと乗り込んできた挙句、日本警察を軽んじていることを隠しもしない。刑事たちも、月が最初に抱いたのとそう変わりない感想を持ったようだ。場の空気は急速に険悪なものへと変容していく。
 当人はそれに気付いているのかいないのか、
「今日から、フロアの半分をお借りします。ああ、備品はこちらで用意しますので、お構いなく。最低限お互いが得た情報は必ず共有するということで、問題ありませんね」
 との言葉とともに、キラ事件の捜査資料を提示してきた。
 ほとんどは日本で起きた事件の資料、つまり日本警察はすでに情報を有している。細かい取り決めの前とは言え、向こうが開示してこちらは何もしないわけにはいかない。実質、彼らに調査結果の答え合わせをしてやるようなものだ。SPKの諜報員が非常に優秀だと判明したのと引き換えに、弥海砂の身柄を確保している事実や彼女の証言を提供させられる羽目に陥った。
 当然、日本の捜査本部の面々は面白くない。
「あいつら、いったいどういうつもりなんですかね~」
「そりゃキラを逮捕するつもりなんだろう」
「でも、協力だの何だの言って、これじゃ手柄を横取りされたようなもんですよ!」
「松田、声が大きい」
 皆の心中は松田の愚痴と大差なくとも、あまりに明け透けに不満をこぼされると、嗜める側に回ることになる。
 捜査本部には数日のうちに一目見て最新鋭とわかる機器が次々と運び込まれ、スイートルームの半分は要塞じみた様相を呈していた。もう半分のスペースでテーブルを囲む捜査員たちはどうにも身の置きどころがない。
 同僚たちの賛同を得られず、松田は矛先を変えた。
「竜崎だって、Lを無視した組織なんていい気がしないでしょう」
「まあ、表向きにはキラ事件の捜査には進展がありませんし。実際にも停滞していますから、上が焦るのは仕方ないかと」
「そんな、でも、月くんが疑われて……」
 さらに言い募ろうとした松田がはたと口を閉ざしたのは、そもそもLが月を疑っており、捜査本部が一時は法律違反ギリギリのラインで月を監視していたことを思い出したからだろう。月は彼の顔色からそれを容易にそれを察し、先回りして言う。
「あの状況では、竜崎が僕を疑ったのも仕方がないと思っています。……いや、誰が見たって疑わしいのは僕だけだ」
「月、そんなことは……」
「いいんだ、父さん。だからって、やるべきことは何も変わらない。前にも言っただろ? キラを捕まえることで、僕は無実を証明してみせるよ」
 父が言いさしたのを制し、力強く告げる月。
「月くんの言うとおり、我々はこれまでどおりやっていきましょう」
 Lは白々しく頷き、他の者は好意的に同意を示した。松田などは、月の臭い芝居にわかりやすく感じ入っている。
 月は、SPKという組織自体には脅威を感じていなかった。
 強いて気がかりを挙げるなら、Nが監視カメラに興味を示したことくらいか。樹里と密に連絡を取るのが難しい今、また仕掛けられると厄介だが、さして危惧してはいない。下手を打つと国際問題にまで発展する手段を、まず日本警察を通さずには行うまい。そして、SPKはすでに彼らの反感を買ってしまっている。
 SPKは初手から躓いた、と断ずるのはたやすいことだった。
 けれども、それは彼らの目的が「キラ事件の日米共同捜査」だった場合の話だ。もし、まったく別のところに狙いがあるのだとしたら……
 Lは捜査に横槍を入れられるのを嫌う。だからこそ警察の全権を握っていたし、当初は独断専行が過ぎて日本警察と決裂しかかった。にもかかわらず、現状ではSPKの専横を許している。それは、そこにメリットがあると踏んだからだろう。――夜神月がキラである証拠を掴むに足るメリットが。
 Nという、Lとの繋がりを匂わす名乗り。どことなく印象が重なる二人の風体や言動。SPKの出現にLが噛んでいると考えるにはやや薄弱ながら、かと言って見過ごすには危うい符合だ。大学でLだと名乗ってみせたように、月の動きを牽制する目的か? はたまたもっと別の、二人で手を組んで月を追い詰める算段があるのか?
「弥海砂の尋問記録ですが」
 と、涼しい表情の裏で目まぐるしく思考していた月の前に、突然、後ろからぬっと手が突き出された。幼い指先に嵌められている人形が、月に邪悪な笑顔を向けている。
「拘留初日で自白めいた証言を行い、すぐに撤回していますね」
 男女二体の指人形は胴体に「KIRA」と描かれ、女の容姿は弥に似ている。どうやらキラと第二のキラを模しているつもりらしい。いやに悪意のあるデザインの顔つきだ。月は驚きと、ついで湧き上がる苛々とを努めてうちに押し込めながら、ゆっくりと振り返る。案の定、趣味の悪い面がじっと月に視線を注いでいるのにぶつかる。
 向かいの松田が気色ばんで立ち上がった。
「あーっ! ちょっと! なにしれっと入ってきてるんですか!? そこのラインからこっちは日本警察の陣地ですよ!」
「松田、小学生じゃないんだぞ……」
 総一郎が空咳をし、場を取りなした。
「すまない、気にしないでくれ、N。弥について何か気になることが?」
「はい。弥の証言は不自然に感じます。すでにキラに操られており、死の前の行動を取っているとは考えられませんか」
 Nは右手の人差し指と中指を揺らした。犯人たちの指人形がぶつかり合い、カチカチと音を立てる。
「確かに弥の態度は不可解です。しかし、キラが弥を今日まで操っているとすると、さすがに万能が過ぎる」
 月には意外なことに、Nの推理を真っ向から否定したのはLだった。
「キラの能力はあくまで顔と名前による殺人、そして殺人の状況を操ること。そう限定していいでしょう」
「ああ、第一、操っているならキラが弥をまだ生かしておく理由がないな。捜査を撹乱させるためにしちゃ、弥は俺たちをストーカー呼ばわりの一点張りだ」
「ですよねー。それに樹里ちゃんがキラなんて、苦し紛れの嘘もいいところですよ!」
 Lに勢い付けられて、刑事たちも次々と反論する。
 Nはそれらに大人しく耳を傾けているらしく(何しろ顔が見えないからただぼうっとしていてもわからない)しばらくその場に突っ立ったまま無言で指人形を揺らしていたが、つと人差し指――キラの人形を突き出し、月に問うた。
「どうなんですか、月さん」
 ……どう思いますか、ではなく、どうなんですか、と来た。
「…………さあ、僕はキラじゃないからわからないな」
「ふーん。わからないんだ」
「……!」
 こいつ! 嘲りを含んだ呟きに、月の怒りは瞬時に沸騰した。
 これで僕を煽っているつもりか? こんな安い挑発で――いや、駄目だ、ここで乗せられては相手の思う壷だ。樹里のことを思い浮かべて心を落ち着けるんだ。
 大学生と捜査員の二足の草鞋を履く月の朝は早い。今朝も、月が出かける時間になって起き出した樹里は目を丸くしていた。「あ、お兄ちゃん、おはよー……えっ! もう出かけるの?」「早く帰ってくる? 何時くらい?」「……そっかあ、大学生って大変なんだね。お兄ちゃんが何でもできちゃうのは知ってるけど、心配だなあ」「あたしの宿題? あ、あはは、わかっちゃった? 最近学校の勉強が難しくてさー」「うん、でも……心配なのは本当だから、あんまり無理しないでね」「今日は夕ご飯一緒に食べよっ。遅くなっても、あたし待ってるから」軽口混じりながら、樹里が月を心から労わってくれている気持ちは十分に伝わってきた。……そのいじらしい妹の後ろに邪魔な黒いのと白いのがいなければ、もっとよかったのだが。
 もちろん、樹里の笑顔は何ものにも代えがたく、どんな状況であれその価値が褪せるなど決してありえない。
 樹里にはできれば限りある学校生活を健やかに過ごしてほしいという思いが、月にはあった。しかしレムのせいでそれは叶わず、キラ活動の負担が樹里一人の肩にのしかかっている。大変な重圧だろうに、樹里はそんな素振りは少しも見せない。毎日笑っていて、弱音も吐かず、健気に頑張ってくれている。月に気遣いまでしてみせて。普段のやりとりではなかなか口に出せないでいるが、何と出来た妹だろう。
 考えているうちに、Nへの苛立ちはすっかり霧散していた。
「ああ、けど、消極的なことばかり言っていても捜査は進展しない。弥の証言は確かに不自然だし、相手はキラなんだ、どんな些細な疑問も突き詰めて考えるべきだ。どうでしょう、皆さん、もう少し議論してみては。却下するのはそれからでも遅くはないと思います。Nも、それでいいですね?」
「……ええ。どうも」
 N――ニアは、注意深く月の表情を観察しながら、一応の礼を述べた。
 ここまで挑発しても乗ってこないか。月の口元に穏やかな微笑みまで浮かんでいるのを認め、策の失敗について考えを巡らせる。
 キラは幼稚で負けず嫌い。リンド・L・テイラーの挑発にこそ乗らなかったものの、Lを翻弄するかのように死亡時刻を操ってみせたことや、死刑囚の遺書にふざけたメッセージを残したことからもそれは明らかだ。……煽り方が足りなかったか?
 ニアはLの意図を正しく汲み取って動いていた。
 Lはニアの出現に知らぬふりをとおしてみせたが、それはニアと面識がある――どころかキラ事件に介入するよう焚きつけたのだが――ことであって、ニアが独自の伝手を使って新しい組織を立ち上げるまでやってのけたことは、当のLも知るところではない。すべてニアが一人で考え、必要だと判断し、行動した結果である。FBIの捜査資料を読んだニアにとっても、夜神月はほんの数パーセント程度ではあってもキラとして疑わしい人物だ。日本警察の情報を得てその直感はますます強まった。
 キラ事件の解決により貢献した者が、Lの後継者となる。
 では、ニアがLと同じ結論に辿り着いたなら、Lのサポートに回るのが正しい貢献というものだ。停頓している捜査状況に一石を投じ、彼らの環境をかき回して、夜神月の反応を引き出す。月がキラでなかったとしても、そうと判明したらしたで事件解明の一歩となる。とにかく、Lの推理の材料のひとつでも多くを。
 ニアはふと、メロはどうしているだろうか、と考えた。
 後継者争いがスタートを切った瞬間から、ワイミーズハウスを飛び出していったメロ。もし今のニアのやり方を目の当たりにしたなら、あの苛烈な性格から、独力でキラを捕まえる気概はないのかと難色を示すだろうと容易に想像がついた。
 感情で動くメロがどうやってキラ事件に「貢献」するつもりなのか、理論と筋道を立てて動くニアにはわからない。それは、どちらかと言うとニアに近しい気質を持つLにしてみても、そうだろう。そして、Lはメロのそんなところに期待している。
 ……負けたくはないな。
 メロがよく覗かせる対抗心はニアの理解のまったくの範疇外にありながら、ニアはこのとき、不思議とそう思った。

 その間、Nの子供っぽい挑発にも大人の対応をした月は、捜査員たちの感嘆の視線を大いに集めていた。
(……一瞬どうなるかと思ったが、月くんはあんな挑発には乗らないか)
(さすが、月くん。さらっと流した上にNの推理の後押しまで。大人だなあ)
(月……この息子がキラであるはずが……)
(あれは妹のことを考えている顔だな……)
 およそ一名分を除いて。