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やっとだ。やっと、ここまで来た。サレナは周囲の人間に気取られぬよう、細く息を吐き出した。ここはあくまで通過点のひとつに過ぎず、到達すべき場所にはいまだ遠い。だと言うのに、意識して抑えなければ手指が震えてしまう。
「まずは、セリスを連れ戻したことを誉めてつかわそう。あれは貴重な成功例だからな」
「……身に余るお言葉にございます、陛下」
玉座から降ってきた厳かな声に、サレナはさらに頭を低くする。
サレナのすぐ隣から、耳につく下卑た笑い声が上がった。
「裏切り者への対処と、同時にリターナーどもに一泡吹かせてやった、私の策は完璧でしたね! ガストラ様にもぜひご覧に入れたかったですよ、あの連中のうろたえようは!」
躁状態で自画自賛するケフカ。
ただ、そもそもの発端としてセリスが脱走を図ったのは、おそらくはケフカの手回しによって彼女が処刑されかかったからだ――そうは思っても、ケフカのこの不遜な態度も普段からの好き勝手な振る舞いも、すべては皇帝が許容するものであり、サレナは口を噤んでいるしかない。
「リターナーか……」
ガストラは低く呟いた。
「幻獣は奪われてしまったが、魔石化の事実はわかった。あとは、彼奴らを泳がせておけばよかろう」
「――はい、陛下。すべて心得ましてございます」
「うむ。では下がれ」
謁見はほんの数分で終わった。
退出したサレナに近衛兵が剣を差し出してきたのを、黙って受け取る。謁見の前に預けていたものだが、これは警護のためというよりも、形式的な意味合いの方が強かった。帝国には魔法というものが存在するのだから、武器の所持のみを禁止したとて大した意味はない。現に将軍であるレオやセリス、そして皇帝直属のケフカは御前でも帯剣を許されている。
つまりは、サレナが彼らの立つ場所にまで至っていないというだけの話だ。
やはり、遠い。初めからわかってはいることだったが……
「サレナ大佐」
剣を佩き直しているところに、サレナの副官が駆けつけてきた。
「たった今、リターナーの飛空艇がマランダの上空を通過したと報告がありました」
「それは上々。封魔壁の監視所は?」
「ご命令どおり、侵入者があっても見逃すよう通達済みです」
サレナが段取りをつけている間にも、
「ヒーヒヒッ、あいつらも馬鹿だね、俺様の手の上で踊っているとも知らずに……おい! さっさと魔導アーマーを準備しておけよ!」
浮かれっぱなしのケフカは、笑ったり怒ったりと忙しない。
怒鳴りつけられた副官が、助けを求めるようにサレナを見る。仕方なく、サレナは部下に代わり、前に進み出て言った。
「本作戦では魔導アーマーを使用する予定はありません。尾行には向きませんので」
「ハァ? それではどうやって封魔壁まで向かうと言うのです?」
「チョコボを使います」
ケフカは目を剥き、溜めをいっぱいに作った後で、両手で頬を挟み叫んだ。
「……シンジラレナーイ! 私は畜生などに乗るつもりはないと、前にも言ったでしょう!」
「今回は、徒ではとても間に合いません」
「だから畜生に乗れと? 私はあんなものの操縦などできませんからね、ああ、考えただけでもおぞましい!」
「であれば、本作戦から降りていただくしかありません」
「何を馬鹿なことを! 私が発案した作戦ですよ!」
「でしたら後発隊として、彼らが監視所に侵入するのを待って、魔導アーマーを動かしていただくか」
「サレナ、あなたはまさか、この私を置いていくおつもりですか? そういうおつもりは、いけませんねえ!」
終わりの見えない応酬の合間に、副官がふと漏らした。
「……サレナ大佐が手綱を取っては?」
ちょうどケフカが大声を発した直後に落とされたということも相俟って、その言葉は廊下にひどく深く響いた。ケフカとサレナ、二人の注視を受け止める羽目になった彼は、狼狽した様子で付け足す。
「ああ、つまりその、大佐がケフカ様をお乗せし、」
「余計なことは言わなくてよろしい」
ぴしゃりと遮るも、時すでに遅かった。
身に迫るような悪寒を感じつつケフカに目を戻すと、ケフカはすっかり機嫌をよくした体で、気持ち悪いくらいににやにやしている。
「なるほどねえ。そういうことですか」
「断じて違います」
「私としては嫌で嫌でしょうがないのですが、サレナ! あなたがそこまで言うのなら譲歩してやらなくもない! このケフカ様と同乗できるという誉れを授けてさしあげましょう!」
「ですから、違うと――」
こうなったケフカが、サレナに耳を貸すはずもない。ケフカは一方的にまくし立てると、高らかな笑い声と靴音だけを残し、さっさと行ってしまった。
置き去られた二人を沈黙が包む。
「…………アレを乗せるのは、騎乗技術があれば誰でもよいのでは? たとえば、あなたでも」
「で、ですが、サレナ大佐でなくてはとてもケフカの野、ケフカ様のお相手は、務まらないかと……」
溜息をこらえて頭を押さえるサレナ。
そういうことがあったので、
「あ~獣くさい! まったく、こんなものに好き好んで乗る奴の気が知れないね!」
「……ケフカ。今すぐその口を閉じていただかなければ振り落としますよ」
封魔壁までの行軍は、終始ケフカに引っ付かれているわ真後ろで散々喚かれるわで、サレナにとってたいそう不快極まりないものとなった。
帝都ベクタの東にある洞窟。
監視所は、その入り口前に設置されている。洞窟の奥には封魔壁――幻獣界への扉が存在し、さらには皇帝が長年求めてやまない、魔導の力を統べる三闘神が封印されているという。
あえて監視所の警備を手薄にしたことで、リターナーはこちらの思惑どおりに行動してくれた。
サレナたちは、彼らにやや遅れて洞窟を下りていく。帝国は、洞窟の内部までを管理しているのではない。リターナーが露払いの役割をしてくれているとは言え、モンスターと遭遇することもあった。
「ヒョッヒョッヒョッ、このケフカ様の道を塞ぐんじゃありませんよ!」
そのたびに、ケフカが魔法で派手に爆砕していたが。
仰け反って高笑いするケフカの姿を眺めやり、サレナは部下に命じた。
「誰か奴に辞書でも引いてやりなさい」
「は?」
「魔導士殿は、隠密の意味をご存知ないようですから」
「ご、ご冗談を、大佐……」
冗談のつもりなどはこれっぽっちもなかったのだが、部下があんまりに顔を引き攣らせているので、サレナはそれ以上は言わないでおくことにした。
洞窟の最下層に下りると、そこに突如として断崖絶壁が出現する。
狭い足場のすぐ先が、切り立った崖になっているのだ。冷たく湿った空気が淀む暗闇、その上に架けられた簡素な木橋。奥には、大きな扉がそびえている。
封魔壁である。
魔導の少女が一人で橋を渡り、封魔壁の正面に立った。彼女の仲間たちと、そしてサレナたちがひそやかに見守る中で、少女の輪郭が光を帯び、やがて異形へと姿を変える。地響きを伴って、重々しく扉が開き――
止める間もなく、ケフカが飛び出していった。
「諸君、よくぞやってくれました! この私が褒めてさしあげますよ」
「ケフカ!?」
リターナーの連中が驚き振り返る。やはり辞書を持ってくるべきだったな、と益体もないことを考えながら、サレナも剣の柄に手をかけつつ彼らの前に出た。
「封魔壁を開くことが、陛下の悲願。そのために、あなたがたを利用させていただきました」
「もうお前らに用はない! さっさと道を開けろ!」
ケフカが唾を飛ばして喚き散らす。
その瞬間――風など吹こうはずもない地下深くであるのに、空気が大きくうねった。何か、とてつもないものがやって来る! 咄嗟にサレナはケフカのマントの襟元を掴み、力任せに引き倒した。同時にサレナ自身も地に倒れ伏す。
直後、封魔壁の奥から、凄まじい速さで巨大な異形の影が飛び出してきた。
幻獣だ。
頭上すれすれを、何体もの幻獣たちが駆け抜けていく。辺りには突風が巻き起こり、髪と軍服の裾が激しくはためいて肌を打つ。気を抜けば、身体ごと持っていかれてしまいそうだ。
「すごいエネルギー! すんばらしーい!」
この火急の状況下においても、ケフカは嬉々としてはしゃいでいる。
さらには立ち上がろうとまでしたので、サレナはもう一度、地面に叩き付けんばかりに全身全霊の力を込めて襟を引いてやった。ケフカの口からきゅっと変な呻き声が漏れたが、構うものか。
どれほどの時間が過ぎ去っただろう、しばらくして風が収まったとき、すでに幻獣の姿はなかった。リターナーたちもだ。とうに逃げ出したのか。しかも、封魔壁は再び閉ざされてしまっている。
……振り出しに戻ったか。
サレナが身体を起こすと、その下にいるケフカは完全に落ちていた。静かになっていい。
「作戦は失敗です。ベクタへ戻ります」
地に張り付いている部下に声をかけ、ケフカを担いで行くように命じる。普段は口喧しい荷に意識がないのがよかったらしい、部下は不平を表さずに言われたとおりにした。
地上へ戻り、繋いでいたチョコボで帝都への帰途を辿る。
途中、上空を幻獣の群れが飛んでいくのが見えた。ベクタの方角から、北へと。幻獣が飛び立った後には煙が上がっている。胸騒ぎがして、サレナはチョコボを急がせた。
帰還したサレナたちを迎えたのは、炎の海となった帝都ベクタの光景だった。
家屋は無惨に打ち壊され、あちこちで火の手が上がっている。兵士が慌ただしく駆け回っているようだが、鎮火には至っていない。いつもなら閑静で無機質な印象を与える街並みを、今は熱の色が騒々しく舐め尽くしていた。
「これは、一体……」
「帝国軍サレナ大佐だな?」
チョコボを降りたサレナたちを、数名の帝国兵が取り囲んだ。
ケフカを担ぎ直していた部下がその剣呑さに気圧され、後退りしそうになる。それを素早く手で制し、サレナは落ち着き払って彼らに応じた。
「何事ですか。まず、そちらの所属と階級を答えなさい」
「答える義務はない。ガストラ皇帝から、貴様とケフカを拘束するようご命令があった」
「――ガストラ様が? 何故です?」
サレナの声色が変わる。
炎に照らされていなければ、血の気の引いた顔色までを晒していたかもしれない。皇帝の命? 拘束? 何の罪科で? 常ならぬことに、サレナは目に見えてうろたていた。
その醜態に有利を確信したのか、兵士の一人が強気に凄む。
「大人しくしろ! 従わなければ、痛い目を見てもらうことになるぞ」
「答えなさい。本当に、ガストラ様がそのような命を出されたのですか?」
「しつこい! いいから来い!」
「――待て!」
サレナが強引に引っ立てられる寸前、もうひとつ、別の声が割って入った。帝国兵たちは――それまで粗暴な態度を取っていた兵士も含め――姿勢を正して敬礼する。
「これは、レオ将軍」
「ここはもういい。彼女の身柄は、私が預かる」
「はっ!」
兵士たちは大人しくレオの命に従い、いまだ気を失っているケフカだけを連れて去っていった。取り残された部下が、不安と安心が綯い交ぜになった表情で、サレナとレオを見比べている。
レオはサレナに向き直ると、気遣いの言葉を告げた。
「すまなかった、サレナ大佐。突然のことで驚いただろう」
「……レオ将軍。状況を把握させていただけますでしょうか」
その頃には、サレナは冷静さを取り戻しつつあった。レオのまなざしは、罪人に向けるようなそれではない。おかげで、軍人としての自分を見失わずに振る舞うことができる。
「実は、先ほど幻獣の群れがやって来た。仲間を取り戻すためにだ」
「仲間……しかし、魔導研究所にいた幻獣は」
すべて衰弱死したか、魔石化してリターナーの手中にある。レオは頷いた。
「ああ。それに怒った幻獣たちが、街を襲い……」
ガストラは帝国繁栄を大義として掲げ、封魔壁を開くためにあらゆる手段を講じていた。それが結果として、怒れる幻獣たちをこの世界に放ってしまうことになったのか。
「彼らの怒りを鎮めなくては、このままでは世界が滅びかねない。陛下は、リターナーと和平を結ぶことを考えておられる」
「……つまり、彼らをもてなすテーブルに、馳走を並べる必要があるということですね」
ようやく合点がいった。
リターナーには現在、城に火をかけられたフィガロ、毒を流されたドマの生き残りと、そして先だって侵攻を受けたナルシェが加わっている。いずれも実行役はケフカであり、ケフカと、彼の補佐を務めたサレナの身柄は、リターナーとの交渉で有利なカードとなるだろう。
「ドマの件で、サレナ大佐は被害が広がらぬように手を尽くしてくれたのだと、私の部下が証言している。すぐに陛下も考え直してくださるだろう。ケフカについては……」
レオはその先を濁した。
もしかすると、この道義心に溢れる男は、可能ならばケフカをも助けるつもりだったのかもしれない。サレナは思う。そして、そんなレオが手を尽くしても、それが叶わないのだということは……
サレナにとっての、転機が訪れたということだ。
その後、ケフカは投獄されたと聞き及んだ。
帝都の騒乱はすべてレオによって収められ、サレナはレオの取り計らいで入牢を免れた。
平常どおりに黙々と執務を片付けるサレナを取り巻く空気は、どこかぎこちない。ことの顛末は、どういう形でかはわからないが、広く知られるところとなっているようだった。
そんなサレナのもとに、来訪者があった。
「やあ、レディ。また会えたね」
と、つい先頃に対峙した顔がのたまう。サレナはたまらず、不躾に質問をぶつけた。
「ガストラ様との会食のお時間ではないのですか」
「それよりも、どうしてもあなたに会いたくなった。と言ったら、信じてくれるかな?」
「……フィガロ国王陛下におかれましては、お変わりないようで何よりです」
執務室を訪ねてきたのは、何もフィガロ王だけではない。
「おい、エドガー。話をややこしくするなよ」
「心外なことを言うな、ロック。会話を円滑に進めるための挨拶さ」
魔導工場でも見かけたバンダナの男が、横からエドガーの脇を小突いた。彼らの背後には、不安に翳る瞳をした魔導の少女が控えめに立っている。
「会食の前に、帝国の人間に会って話をしたかったんだ――」
バンダナの男、ロックの言い分はこうだ。
「帝国軍の中には、和平に反対している奴もいるって聞いてさ。こういうことは、直に向き合って話すに限るだろ? 皇帝からの許可はもらってあるぜ」
そうまで言われてしまえば、通さないわけにもいかない。サレナは彼らを執務室に招き入れた。サレナの部下たちは、仕事をしている振りで興味津々に耳をそばだてている。
勧められるままに椅子にかけるとき、ロックがふと思い出したように言った。
「そうだ、あのときは助かったよ。ありがとうな」
「……何のことでしょうか。仰っていることを理解しかねます」
「そっか、なら、それでいいさ。あんたは、和平には納得しているのか?」
単刀直入である。サレナも明快に答えた。
「何であろうと、ガストラ様のご意思であれば、わたしはそれに従うまでです」
「そんなのって……」
思わずといったふうに言いさした魔導の少女は、それきり黙り込んでしまった。しかしサレナが続きを待っているのに気が付いて、躊躇いがちに口を開く。
「ただ命じられるままだと言うのなら、昔の私と変わらないように見えるわ……」
「いいえ、わたしはあなたとは違います。わたしが陛下の御心に沿うのは、紛れもなくわたし自身の意志によるものです」
きっぱりと否定してしまえば、魔導の少女はうつむいた。
サレナとて、時間を持て余しているのでもない。そして、自我が芽生え始めたばかりなのだろう彼女の心情を慮るつもりもなかった。エドガーが、彼女の肩にそっと手を置いている。
「これで、ご用はお済みですね」
「もうひとつある。セリスはどうしてる?」
からりと問を重ねるロック。サレナは、彼に冴え冴えと冷えた目を向けた。
明朗さで取り繕おうとしていても、その表情の下にはある種の必死さが見え隠れしている……なるほど、交渉に使えるカードはもう一枚あったらしい。どうりでサレナが易々と釈放されるわけだ。
「それこそ、あなたが直に確かめねばならぬことでは?」
ロックの反応も待たずに、サレナは立ち上がった。彼らをこの部屋から送り出すために。
皇帝とリターナーの、会食が始まった。
帝国中の誰もが和議の行方を気にしている時分、サレナは執務を中断して城内にある牢へと足を運んだ。ロックたちリターナーと同じように、サレナも直に確かめなければ、見極めなければならなかったからだ。
――今、ここで、ケフカを切り捨てるべきかどうかを。
「どうして俺様がこんなところに入れられるんだ! 毒を使って、何が悪い? 手っ取り早く片付けてやっただけだろうが!」
中に踏み入った瞬間、奥から喚き声が響いてくる。
投獄とは形ばかりなのかと思いきや、ケフカはみすぼらしい小部屋に、しっかりと鉄格子の向こう側に放り込まれていた。案外、皇帝は本当にケフカを斥けるつもりなのかもしれない。
「サレナ大佐。どのようなご用件でしょうか」
「ケフカと話をしたいのです。構いませんね?」
「はあ……どうぞ、ご自由に」
罵声を延々と浴びせられているのだろう番兵は、うんざりした表情を隠しもしていない。
牢の隅にうずくまっていたケフカは、番兵が彼に声をかけるよりも早く飛んできた。鉄格子の存在が頭から消えていたのだろうか、その勢いのままにガシャンと激しい音を立てて扉にぶつかる。それでもなお、扉に張り付いて大声で叫んだ。
「そろそろ来る頃だろうと思っていましたよ、サレナ! ええ、皆まで言わずともわかります、わかりますとも! 私恋しさに耐えられなくなったのでしょう!?」
この男、舌を引っこ抜いてやろうか。サレナは思った。いらぬ気を利かせたのか関わり合いになりたくないと思ったのか、番兵はそそくさと姿を消す。
「……随分とよい待遇を受けているようですね、ケフカ」
何であれ、第三者がいないに越したことはない――そう気を取り直し、扉に歩み寄る。ケフカが鉄格子の隙間から手を伸ばせば、サレナの身体に手が届きそうな距離だ。
「あなたの首は、どうやら和議のテーブルに載るようですよ」
「和議? ハッ、あの弱虫の考えそうなことだ!」
ケフカは呼吸を引き攣らせた。嘲笑らしかった。
両手で掴んだ鉄格子に顔を押し付けながら、ケフカは言い募る。
「あなたはそれでいいのですか、サレナ? 私が処刑され、和平が結ばれても? あなたには、私が必要なはずです、そうでしょう。だって、私がいなくてどうするんです? あなたのその地位は、私の尽力あってこそでしょうに!」
「ご冗談を……」
サレナは取り合わず、冷淡にあしらった。ケフカの言葉は、サレナへの侮辱というよりも、ひどく尊大で遠回しな命乞いのように聞こえたからだ。
「あなたの処刑役には、わたしが買って出ましょう。その日を楽しみにしております」
凍える声音で言い捨て、そして決断を下したサレナはケフカに背を向ける。
ケフカはさらに投げかけてくる。
「サレナ、本当に、私がいなくなっていいのですか?」
サレナは応えない。振り返らずに、牢の外へ足を向ける。
「和平なんてものが成ってもいいのですか?」
サレナは応えない。立ち止まることはおろか、足を緩めることさえしない。
「ねえ、サレナちゃん、よおーく考えてみるんだね。ヒヒヒッ……」
サレナは応えない。扉に手をかけるサレナの後を、ケフカの猫撫で声が追いかける。
「戦争が終わったら、サレナちゃんは困るでしょ?」
サレナは
北へと飛び去った幻獣を探し出し、和解を図ること。
和議の結果、ひとまずは帝国軍がリターナーの――魔導の少女の手を借り、この任務に臨むこととなった。皇帝からの信頼の篤い、また和平に声を大にして賛同したレオが指揮を執る。
サレナが北の大三角島、サマサという小さな村に辿り着いたとき、すでにすべて事は成っていた。人間と幻獣と、穏やかな雰囲気で皆が揃っている。
「サレナ大佐! 本国で、何かあったのか?」
任務を達成して晴れやかな顔つきをしていたレオは、サレナに気付くと緊張を漲らせた。それは、サレナが背後にものものしい魔導アーマー部隊を引き連れていたからでもあっただろう。
サレナは手を挙げて行軍を制止させ、部隊を置いてひとりレオのもとへ急いだ。
「ケフカが脱獄しました。こちらに向かった痕跡があったので、わたしはそれを追ってきたのです」
「何と……そうか、ケフカが」
厳しく呟き、レオは背後の幻獣たちの方へ首を巡らす。
「しかし、見てのとおり和解は無事に成った。ケフカが何を企んでいるかはわからないが――」
そのとき、レオの言葉を遮るように、風が大きな咆哮を上げた。
幻獣たちが集う広場の中心にあった巨木が、一瞬にして火柱に変わる。和やかな村が一転して、恐慌と悲鳴に包まれた。魔法の炎は自然のそれよりも勢いよくその手を広げ、あっという間に村を赤く染め上げていく。
「ヒッヒッヒッ! 燃えろ燃えろ~!」
「ケフカ!?」
突如として姿を現したケフカの凶行に、レオは愕然として色を失っていた。
火柱から逃げようとした一体の幻獣が、ケフカが新たに放った魔法の光に捕らえられ、かと思うと瞬時に魔石と化してしまう。ケフカは魔石を拾い上げ、うっとりと頬を擦り寄せた。
「この手触り、このぬくもり! すばらしい! 幻獣どもよ、もっとぼくちんを満たすのだ!」
哄笑とともに、次々と幻獣を魔石へと変えていく。
「やめろ、ケフカ! くそっ……」
レオは歯を噛みしめ、しかしすぐに己を取り戻し、サレナを振り返って指示を飛ばした。
「サレナ大佐、君は住民を避難させてくれ! 私は奴を止める!」
「いいえ、レオ将軍、それには及びません。何しろ、」
憤慨のあまりにわななくレオと違って、サレナの声と表情は常と変わらず、人間らしいあたたかみを何ら感じさせない。そうして、何気ない所作で振るわれる腕。鼻につく、肉の焼け焦げる臭い。
レオの目が、極限まで見開かれる。
「サ……サレナ……ッ」
炎を纏った剣の切っ先が、レオの胸に吸い込まれていた。
「あなたには、ここで死んでいただくのですから」
サレナがゆっくりと剣を引き抜くと、レオは膝から崩れ落ちた。それを合図にサレナが率いてきた魔導アーマー部隊が散開し、村を、幻獣たちを、さらなる混乱の渦へと叩き落としていく。
剣から火炎の残滓を払い、そのまま立ち去ろうとしたサレナの足首を、レオの手が掴んだ。
おや、とサレナは眉を上げ、歩みを止める。クイックによる高速抜剣、さらにごく初歩ではあるが炎の魔法を付随させた一撃であったにもかかわらず、仕留め損なったか。
あの一瞬で、完全にとはいかずとも身をかわすとは、さすが帝国随一と謳われる武人である。地を這うレオを静かに見下ろし、サレナは内心で感服した。
「申し訳ございません、レオ将軍。急所を狙ったつもりなのですが、どうやら外してしまったようです。次で終わらせますので、どうかご容赦を」
「サレナ、何故だ、何故……! ガストラ様は、陛下は、このことをご存知なのかっ?」
「もちろんです、将軍。ただ――」
息も絶え絶えに取り乱すレオの、もうほとんど力の入っていない手を振り払うのはたやすいことではあったが、サレナはそうはせずに話を続けた。サレナには、彼の疑問に答える義務があると思ったからだ。
「ガストラ様は、本心から、和平を望んでおられましたよ。……わたしが、ケフカの策を献上するまでは」