5
陛下の悲願成就のための策がございます、ぜひとも直接にお耳に入れたく存じますれば――そう言えば、サレナはすんなりと皇帝の私室に入ることができた。無論、剣を取り上げられ、居室には近衛兵を配置された上で、だが。「お聞き入れいただき、ありがたく存じます、陛下」
「口上はよい。要を申せ」
椅子にくつろいだガストラは、床に膝をつくサレナに先を促した。はい、とサレナは垂れていた頭を上げる。
「魔導の少女は……人と幻獣の合いの子は、幻獣の力を以て封魔壁の扉を開いてみせました。つまり、幻獣に匹敵する強い魔力があれば、我々人間にも同じことができるはず」
「魔力か。しかし、その源たる幻獣はここにはもうおらぬ」
「大三角島には数多おります」
束の間、沈黙が満ちた。
「……わしに、前言を翻せと申すのか? 和平の協定を裏切れと」
「陛下が世界をお手にされることを思えば、些事ではございませんか」
眼光鋭く睨みつけられても、サレナは怯まない。
返答はなかった。
瞼を閉じ、椅子の背もたれに身体を預けるガストラ。老いを感じさせる枯れた手が、幾筋も皺の寄った眉間を揉む。そして、先の沈黙よりもずっと長い静寂ののち。
「サレナよ。お前はかの国の出であったな」
探るように、吟味するように、ガストラはサレナを眺める。
「わしを、恨んではおらぬのか」
「……確かに、誤解を恐れず申し上げるなら、一時は怨嗟を抱いてもおりました」
サレナは平伏し、滔々と語り始める。
それでも、すべてを失い、野垂れ死にするよりほかなかったわたくしを拾ってくださったのは、この帝国であり、陛下でございます。陛下は、わたくしに生きる希望を与えてくださいました。今は、陛下の悲願を成就させることが、わたくしの唯一の望み。
もちろん、この身の出自を思えば、陛下が疑心を抱かれるのもごもっともでございます。ですが、どうか、わたくしに汚名を雪ぐ機会をお与えください。陛下にこの世界を捧げることを、わたくしの忠心の証とさせてくださいませ――
「速やかに魔石を回収し、障害があればこれを排すること。以上が、陛下のご命令です。本作戦では、わたしにはあらゆる権限の行使が許可されております。幻獣との共存を唱えるレオ将軍の存命は、任務遂行の妨げになると判断いたしました。したがって……将軍? 聞いておられますか?」
サレナは言葉を止め、見下ろした先のレオを窺った。
レオは顔を伏せており、少しも動かない。レオの身体の下から、サレナの足元にまで血が流れてきていた。足を引いてみると、ずるりと手が離れ、血溜まりの中に落ちる。
「もう……聞こえていませんね」
サレナは剣を納めた。
すでに村の制圧は完了していた。ケフカは広場ではしゃぎ回っている。幻獣の姿が一匹も見当たらないから、魔石の回収も終わったのだろう。
「ケフカ、いつまで遊んでいるつもりです。戻りますよ」
「いい子ぶりっこのレオ将軍は、サレナちゃんに裏切られて死んじゃったねえ~。ケッ、いいざまだ!」
レオの骸を足蹴にし、浮かれ騒ぐ。
「ヒヒヒ、凄まじい魔力を感じますねえ! どうやら封魔壁が開いたようですよ、サレナ! 幻獣どもが、わざわざ魔石をプレゼントしにやって来てくれるでしょう!」
「では、そちらは任せます。――エアフォース部隊に出撃準備の伝令を出しなさい」
部下への指示の途中で、サレナは広場の向こうに目をやった。
レオの直属の部下たちと、同じく幻獣の探索に同行していたセリス、ロック、それに魔導の少女が、魔導アーマーのレーザーを浴びてだろうか、意識を失くして倒れている。
「それと、陛下に急ぎご報告を」
それだけを見て取り、指示に戻る。無用に命まで奪われてはいまい、ケフカにはそう言い含めてある。
彼らが果たすべき役目は、まだあるのだから。
仲間の危機を察知して駆けつけて来た幻獣たちまでもを魔石化し、サレナたちは船に乗って大陸へ帰還した。
すでに報告を受けていたガストラと合流し、封魔壁へ向かう。幻獣たちが怒りに任せて封魔壁から飛び出してきてくれたおかげで、魔石の力を用いずとも扉は開いている。
「ファファ、自ら封魔壁を開いてくれるとは、知能の低い奴らだ!」
ガストラはケフカとサレナを率いて、扉の奥へと進む。
「陛下。レオ将軍のことですが、ご報告いたしましたように――」
「三闘神の力! そして魔石の力! これで世界はわしのものだ!」
サレナは口を閉じた。ガストラは、欲望に目をぎらつかせている。
ヒュッ――空気を鋭く裂いて、薄暗い地下洞の中を何かが飛来した。いち早く感付いたサレナが剣を振るい、叩き落とす。地に転がったのは、ナイフ。まっすぐに、ガストラを狙ったものだ。
「陛下、先をお急ぎください」
「うむ、任せるぞ。早く来い、ケフカ!」
ガストラはケフカを連れて、封魔壁の向こうへ消えた。
それを見送り、サレナは剣を構える。
「……何者です」
「報酬をまだ受け取っていなくてな」
闇に溶けるような黒装束が、サレナの誰何の声に姿を現す。
「あなたは、」
ドマの陣地で見かけた男だ。そして、レオが幻獣探索のためにベクタで雇った男でもある。サマサから尾けられていたのか……どうやって……リターナーの仲間か……湧き上がる数々の疑問を、喉の奥に呑み込む。
「それは失礼を。ではどうぞ、お受け取りください――」
クイック。サレナの得意とする、魔法による高速移動を伴う斬撃。
黒装束の胴を横に薙ぐはずだった一撃は、けれど寸前で止められていた。サレナよりも速く、男が腰の刀を鞘から半ばまで引き抜いていたからだ。胴を狙ったのだから、そうされれば自然、サレナの剣は男が持つ刀の身にぶつかってしまう。
金属のぶつかり合う耳障りな音――そして、炸裂する電撃音。
「何っ……ぐぅっ!」
雷を絡ませたサレナの剣は、刀を弾き飛ばし、男の腹を抉った。浅い――が斬りつけた上から傷をにじるようにして蹴りつければ、男は地面を転がった後、起き上がらなかった。
大した傷ではないはずだが、雷撃が効いたのか。これなら、しばらくは動けまい。
「報酬ついでに、借りを返させていただきました」
サレナは軽く息を吐き、剣を佩き直した。
しかし、ああも完璧に受けられるとは思わなかった。この男が、サレナの魔法剣を一度でも目にしたことがあったなら、危なかったかもしれない。
「じきにお仲間もやって来るでしょうから、死にはしないでしょう。せいぜい大人しくしていることですね」
意識はあるようだから、聞こえてはいるだろう。
言い捨てて、サレナは踵を返した。ガストラとケフカに遅れ、封魔壁の奥へと。
大地が鳴動を繰り返している。
いや――これを大地と呼んでよいものか。封魔壁の奥に封印されていた浮遊大陸、魔大陸。ガストラが見つけ出した三闘神の魔力により、魔大陸は百年の時を経て、海と大地を遥か眼下に今ふたたび浮上している。
「陛下! もうお止めください!」
三闘神の魔力を手にしたガストラを前に、なす術もなく倒れたリターナーの仲間を庇うようにして、セリスは毅然と叫ぶ。しかしセリスの訴えにも、ガストラは薄ら笑いを浮かべるばかりだ。
「セリスよ、お前のその力を失うのは惜しい。我らとともに来るがよい。ともに世界を支配しようではないか!」
「陛下……私の言葉を、聞いてはくださらないのですね」
悲痛に顔を歪めるセリス。膝をつき肩で息をするロックが、セリスの腕を掴んだ。
「セリス、もういい! 俺たちで、力ずくでも止めるしかない!」
「力ずく? ヒヒッ、面白い冗談だねえ」
彼らの決死の覚悟を、ケフカは嘲笑う。
「いいか、それは俺様のような強い者の台詞だっ! 三闘神の真の力を見せてやる!」
ケフカは石像のひとつに手をかけた。
三体の神は自ら石となり、向かい合って互いに力を牽制し合うことで、世界を滅ぼすほどの甚大な魔力を中和している。石像を動かして視線を逸らしてやれば、そのバランスが崩れ、三闘神の封印が解けるのだ。
「やめぬか、ケフカ! 世界を滅ぼしては意味がない!」
ケフカを叱責したのは、ガストラだ。封印が解けることは、世界の崩壊を意味する。ガストラの野望は世界を支配することであり、破滅に導くことではない。
「ガストラ様、今さら何を仰るのです? こいつらに三闘神の、ぼくちんの力を見せつけてやるのだ!」
ケフカは幼子のように駄々をこねる。
こうなっては手が付けられないと知っているのだろう、ガストラは眉を顰め、舌打ちをしてからこう告げた。
「ならば、仕方がない……三闘神の力を手に入れた今、お前は不要だ! 死ぬがいい!」
いくら帝国軍で最強の魔力を誇ったケフカと言えど、三闘神の力を得たガストラには太刀打ちしても敵うまい――そう思われたが、ガストラの魔法は発動しなかった。
「ファイガ! フレア! メルトン! ……な、何故だ!? 何故、魔法が使えぬ!?」
「うふふ。お気付きになりませんか、ガストラ様?」
ケフカは無邪気に笑った。配置を乱された三闘神の像が、青白い光を放っている。
「それはぼくちんが、三闘神の真ん中に立っているからですよ! 魔法の力は、三闘神に吸い取られてしまうのだー!」
臣下の思わぬ反逆、そしてそれが引き起こした予想外の事態。ガストラの顔からは、たちまち血の気が引いていく。己の不利を知ったガストラは、上擦った声でもう一人の手駒の名を呼んだ。
「サ、サレナ!」
サレナはひっそりと、さながら影のようにただそこに立っていた。
「何をしている! 魔法が効かぬのなら、剣だ! お前の剣で、ケフカを殺せ!」
「……御意」
サレナは静かに剣を引き抜く。それまでの威厳を放り出し、ガストラはサレナの陰に隠れる。
そんな二人を、ケフカは余裕の笑みで眺めていた。三闘神の力に縛られ身動きの取れないリターナーたちは、固唾を呑んでこの仲間割れの行く末を凝視している。
「さあ! 殺せ!」
掲げられたサレナの剣が、晴れ晴れとした青空の下、異形の大地の上、太陽の光を浴びて場違いなまでに煌きをこぼした。その次の瞬間には振り下ろされ、
「ぎゃああーっ!」
けたたましい悲鳴が迸る――ガストラの口から。
肩から血を噴き出し、ガストラは、その場でひっくり返るようにしてしりもちをついた。彼は最初、何が起きたのか理解できなかったらしい。呆然とした顔でサレナを見上げる。
視線が、サレナの凍てつくそれと絡み合う。
「な、何を、サレナ、何故だ、お前まで、わしを裏切るか!?」
「何故? ご自分でも、仰っていたではないですか。恨んではいないのか、と」
表情もなく、サレナは再び剣を振るった。ガストラがぎゃっと叫ぶ。斬ったのは脚だ――もはやどこにも逃げられぬように。
「ええ……ええ、恨んでおりますよ。ですから今日まで、仇敵の手先と成り下がる屈辱に耐えてきたのです。わたしの剣が、あなたに届くこの日まで」
そう、すべては、今のためにあった。
何人にも邪魔されず、どんな魔法でも防げないほどに近しい距離で、抜剣する機会を得ること。
そのために、憎い男に膝を折ってきのだ。故郷がそうされたように他の国を攻め、焼き、殺し、己が受けたのと同じ辛苦を、数え切れぬほど大勢の人間に味わわせてきたのだ。
攻めゆく先の国が滅び果てては困る。リターナーの力が削がれ過ぎては困る。戦争が終わって世界に平和が訪れるのは困る。サレナが武勲を立てられない。皇帝の信頼を勝ち得られない。目的を叶えられない。
良心も罪悪感も、ありとあらゆる躊躇は捨てた。
サレナのせいで苦しみ悶える人間が増えたとしても、街が、国が、世界が滅んだとしても……そして、サレナから永遠に失われた彼らの誰もがこんなものを願ってはいなかったのだとしても。他ならぬサレナ自身が、これを望んでいる。
サレナは、サレナのために、サレナのやり方で復讐を果たす。
「ま、待て、サレナ……」
「待て?」
サレナは笑った。
その笑みに何を感じたのか、ガストラはおののき後ずさる。ここにいる誰一人として己の味方ではないということをようやく悟ったのか、ガストラの顔色は、今や蒼白を通り越して真っ白だった。
「いや、待ってくれ、サレナ。謝る。お前の国を攻め滅ぼしたことは、謝罪しよう。だから――」
「待てだと?」
いつも決まって無感情の冷たさしか孕んでいなかったサレナの声音が、今では熱を帯び始めていた。常ならばぬくもりの欠片すら見つけられない瞳の奥では、噴き上げる炎のような憎悪が燃え盛っている。
「……わたしが、何年、このときを、待ったと、思っている!」
剣を振り下ろす、振り下ろす、振り下ろす、振り下ろす、振り下ろす――
「無様に死に晒せ耄碌ジジイがッ!!」
ついにはものを言わなくなったガストラを、サレナは容赦なく蹴り飛ばした。ガストラは岩肌の斜面を転がり落ち、薄雲の下の遥か下界へと落ちていった。
静寂。
後には、ただ、ごうごうと吹く風の音だけが残った。
「は……」
サレナは地に突き立てた剣に縋りながら、その場に崩れ落ちる。
「ははっ、あははは……」
肩が揺れ、身体が震える拍子に、次々と目から雫がこぼれていく。笑いながら涙を流すサレナ。栄華を誇った帝国の呆気ない終焉に、そしてサレナの常軌を逸した笑い声に、誰も言葉を発することができない。
――ケフカを除いて。
異常な静けさを破り、ケフカが高笑いする。
「よくやりましたね、サレナ! 弱虫で役立たずの皇帝には、お似合いの末路だ!」
「ケフカ……」
サレナはふと笑いを収め、剣を支えにしたままケフカを見やった。やがて揺らめくように立ち上がり、剣の柄に手をかけ、地面から引き抜く――クイック!
「次は貴様だ、ケフカ!」
「サレナ、ちっぽけな魔力しか持たないあなたには無理な話でしょうが――」
ケフカは余裕を崩さなかった。
サレナの魔法は、三闘神の中心にいるケフカに向けて放ったのではない。自らの身体能力と、斬撃の威力を高めるために用いている。にもかかわらず……
「魔法とは、本来こう使うのですよ」
「ぐっ……」
ケフカの目前まで迫った剣先は、氷の壁に阻まれていた。剣身を、柄を、サレナの手を、腕を、肩を、パキパキと乾いた音を立てて氷塊が喰らい尽くしていく。
ケフカがさらに詠唱した。唐突に生じる猛烈な睡魔。意識が絡め取られる。凍った腕は動かない。あと少し、この剣を突き入れれば、奴の首に届くのに――サレナの復讐は終わるのに。
目の奥が焼き切れそうな憎悪、焦燥、失意、絶望……その奔流の中で、サレナの意識は抗いようもなく遠くなっていった。
深い眠りに陥ったサレナを、ケフカは抱き留めた。ケフカがちょっと魔導の力を調整してやれば、サレナを戒めていた氷は簡単に崩れて、跡形もなく消えていく。
こうでもしないと大人しくしていてくれないのだから、仕方がない。
「さて、邪魔者はいなくなったのですから、ゆっくりと世界を破壊し尽くしましょう!」
「駄目! ケフカ!」
制止の声を上げたのはセリスだ。ああ、まだ、こいつらがいたか。
「まったく、いちいちうるさい奴らだね……」
まとめて薙ぎ払ってやろうと片腕を上げたとき、耳元でヒュッと風が鳴った。続けざまに襲いくる鋭い痛み。見れば、腕に鉄の破片のようなものが突き立っている。
「行け、世界を守れ!」
「シャドウ! 一緒に!」
まだ他にも仲間がいたようだ。
集中が乱れたせいで、リターナーどもを縛る魔法が解けてしまった。連中も、暴走を始める三闘神の力に立ち向かうほど馬鹿ではないらしく、新たに現れた黒装束とともに向こうへ駆け出していく。
ケフカは、それを追わなかった。
欲しかったものはもう手に入ったのだ。
三闘神の力で、傷はすぐに癒えていく。破片を抜き捨てると、ケフカはサレナのぐったりとした身体を己のマントで包んで、抱え直した。気を失っても剣は手放さないサレナの寝姿に、ケフカの口角が上がる。
……あれは、どこの街を焼いていたときだっただろう。
ケフカが戦の指揮を執るとき、その周囲に兵士がいることは少ない。文字どおり飛びかかる火の粉を避けるためと、仮にいたとしてもケフカが敵ごと燃やし尽くすからだ。
ある日、そうして一人でいるケフカが無防備に映ったのだろうか、炎と煙に紛れて躍りかかってきた影があった。
もちろんこのケフカ様は華麗にかわしてやり、不届き者はすぐさまぶち殺す――のが常なのだが、どうしてだかこのときばかりはそうしなかった。
「さっさと殺せ!」
ケフカに片手で押さえられた、帝国軍の兵卒の制服に身を包んだ少女が、自棄な調子で言う。
「……ええ、そう、私も、そうしたいとは思っているんですがねえ」
少女の何がケフカの手を止めさせたのだろう。ケフカは考える。
まだ幼さの残る顔立ちで、大きな瞳にだけは大人顔負けの憎悪を強烈に輝かせ、少女はケフカを睨めつけている――その視線を受けたケフカは、一種の快感にも似て、ぞわぞわと背筋が粟立つのを感じていた。
そんなものは、どんな女にもついぞ覚えたことがない。
「ならば殺せ。すべて失い何も持たぬ身だ。命など惜しくない」
ひたすらにケフカを射抜くまなざし。
はたと得心がいった。ああ――この眼か。
ケフカに恐怖する者、ケフカを恨む者、それは自国にも他国にも多く存在している。けれどこれほどまっすぐに、正面から、ただケフカだけを見つめケフカだけに感情をぶつけてくる者など、ひとりとしていやしなかった。
皆、誰かの「ついで」ばかりだ。自分自身や家族や友人や……そんなものが一番にあって、それのついでにケフカに感情を向けているだけ。
それが、この少女はどうだ。
渦を巻く炎に囲まれて、その赤に頬を照らされながら、少女は己にのしかかっているケフカを凝視している。僅かでも隙を見つければ、すぐさまその喉笛に喰らい尽いてやる、そんな目つきで。
ケフカだけなのだ。何もかも、己の命すら捨て、少女は感情のすべてをケフカに注いでいる。一途にケフカだけを追い求めている。すばらしい! これが、これこそが――
「……貴様とガストラをこの手で殺してやれなかったことだけが、唯一の悔いだ」
「は? ガストラ?」
半ば陶酔した気分に浸りかかっていたケフカは、唖然として問い返した。
「どうしてここで、他の男の名前が出てくるのです?」
「どういう意味だ?」
ケフカの非難に、少女が眉根を寄せる。
年端のいかないくせに、何という浮気な女だ。ガストラ? ガストラだって? 何だってあんなジジイの名前なんか出すんだ! むしゃくしゃしながらケフカは思い巡らし、そして妙案を思い付いた。
「そうだ、いいことを思い付きましたよ!」
ケフカが叫んだのとほぼ同時に、炎が音を立てて弾けた。
「あなた、名前は?」
「誰が教えてなどやるものか――」
答えを得られずとも、認識票を見ればよいのだ。首から提げたそれを引っ掴んで読み上げる。チェーンを力任せに引っ張られたために少女は変なふうに仰け反ったが、ケフカは気にしない。
「サレナ! よい名ですね」
「改名する」
悪態も気にしない。
サレナの両肩を押さえて、その真上から顰め面を覗き込み、にやりと笑う。
「あなたを取り立ててあげましょう、サレナ。なに、このケフカ様の下についたなら、手柄などいくらでも、掃いて捨てるほど立てられます。ま、最初は下士官からですね」
頭が悪いのか、サレナはケフカの言わんとすることを理解できないらしい。眉間の皺がますます深まる。しょうがないので、もう少し噛み砕いて教えてやる。
「幸いにして皇帝は、有能な人材でさえあれば、年齢も出自も考慮しない。将軍になれば、今よりは皇帝に近付けますよ」
サレナは大きな瞳をさらにいっぱいに見開いた。
「狂人め……何が狙いだ?」
「まずは殺気と感情を隠せるようにして、その貧弱な剣を鍛えて、ああそう、魔導の力も注入しないといけませんね。それから、士官になるなら戦術戦略の知識も必要です」
「おいピエロ野郎。何が狙いだと聞いている」
「その口汚いのも直しましょう」
「…………」
ケフカはサレナの上から降りて、その腕を解放してやった。火の勢いが弱まってきている、そろそろ兵士どもが様子を見にやって来る頃合いだろう。衣装の裾を払って立ち上がる。
「たとえ私を殺せたとして、あなたはすぐに処刑されます。皇帝には、永遠に手が届きません」
「命乞いのつもりか」
「あなたに? ハッ、どうして私が?」
笑い飛ばすと、手首をさすりさすり起き上がったサレナはそれきり口を噤んでしまった。先までケフカに組み伏せられていた身としては、そうするよりほかないだろう。
先ほど弾き飛ばしてやった刃物に手も伸ばさす、サレナは考え込んでいる。
ケフカは立ったまま、じっとサレナを見下ろしていた。サレナの目は地面に向いている。これはよろしくない。サレナの眼はケフカを映していなくては。ひたむきに、激しく、他を顧みずにただひとり。
「……乗った」
ケフカが待ち焦がれた頃になって、ようやくサレナはケフカを仰いだ。
「狂人の考えることなどわからんが、勘違いはするなよ。皇帝の首を刎ねてやった暁には、必ず貴様も殺してやる」
炎にも負けぬほどぎらぎらと輝く憎悪に満ちた瞳が、今はケフカだけを貫いている。――うん、目指す先が、最後が私だというのはいいな。多少の浮気も許そうという気になるものだ。
ちょっと扉を押し開いてやれば、サレナはさらにこじ開けて、それからは自力で這い登っていった。
敵将の首を取らせてやったり、後はそう、レオやセリスを失脚させようとしてみたりもした――前者はもっと個人的な好悪によるもので、後者は結局は失敗したが――振り返って、ケフカは我ながらに感嘆する。ああ、ぼくちんって尽くすタイプだったんだなあ!
大地が割れ、空が燃え、世界が引き裂かれる。
「なんと美しい。サレナ、あなたもこの光景を見ておくべきですよ」
そう呟いたが、それもどうでもよいことだった。
今は目を閉じているサレナの頬を、ケフカは優しく撫でた。涙の痕をそっと指先で辿る。次に目を覚ましたときには、サレナはもうケフカだけを憎んでいる。ケフカただひとりを。
その憎悪は、きっと狂おしいまでの恋情にも似ているに違いない。