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「――そこで何をしている!」
 椎子にそんな鋭い声がぶつけられたのは、その数十分ほど後のことだった。
 大人しく隠れてはいたのだが、様子が気になってつい物陰から顔を覗かせたのがまずかったらしい。声を上げたのは、見るからに一般兵とは異なった装いの、精悍な印象の軍人だった。階級には詳しくないが、指揮官やその辺りの地位にある者かもしれない。
 椎子は一瞬で混乱の頂点に達した。
「わっ、私は別にその、怪しい者では……っ!」
 動転している間に腕を掴まれ、逃げようにも逃げられなくなる。
 ところが、次に椎子にかけられた声は、存外に穏やかなものだった。
「何だ、子供か……何故こんなところにいる?」
「こ、子供!?」
 聞くところによると、東洋人は若く見られてしまうものらしい……確かに未成年ではあるが、一体彼は人をいくつだと思っているのだろう。椎子は悩んだが、今はそんなことに傷ついている場合ではなかった。
「えっと、その……ま、迷ってしまったんです。うちに帰れなくて」
「……迷った? どこに住んでいる?」
 しどろもどろに答えると、その軍人は不審そうに眉を顰めた。
 まずい。そういえば、この辺りにはドマしかないのだ。しかし咄嗟に適当な嘘も出てこない。
「それがちょっと、わ、わからなくて……あの、本当なんです」
 変にごまかしては余計に怪しまれるかもしれないと思い、そう口にした。真実、椎子に掴めているのはそのくらいのことだ。
 彼はじっと椎子を見据えている。それが疑いの視線なのか、そうでないのかはわからない。
 その時、その彼の背後から嘲笑交じりの声が聞こえた。
「――本国にお帰りになるそうですねぇ、レオ将軍」
 レオ将軍――盗み聞いた兵たちの話に上がっていた名だ。彼は椎子を捕らえたまま振り向いた。
「ケフカか」
 椎子とて、あの姿を見間違いようもない。彼の言葉のとおり、その場に現れたのはケフカだった。
 実際のところがどうなのかは知らないが、先程の兵のやり取りからして、ケフカもそれなりに高い地位にいるはずである。軍の上官が二人――状況が悪化してしまった。椎子は一人冷や汗をかいた。
 薄ら笑いを浮かべていたケフカは、そんな椎子に気付いて、訝るような顔つきになった。
「ん、そいつは……」
「何でもない。君、行きなさい」
「えっ……」
 ケフカの視線を遮るように椎子の前に立った彼――レオは、早口でそう言った。
「あの……?」
 戸惑う椎子に、声を潜めて告げる。
「彼は捕虜に容赦ない。君を信じよう。早く行くんだ」
 椎子はレオの顔を見上げた。それは助かるが、いいのだろうか。このことで彼が何か責任を取らされはしないだろうか。躊躇っていると、
「早く」
 レオはもう一度促した。その急かす声に真摯なものを感じて、椎子は迷いながらも頷いて駆け出した。
 背後で、二人の会話が聞こえる。ドマに対して息巻いているケフカをレオが窘めているようだ。
 途中、チラッと振り向くと――ケフカがまっすぐにこちらを見ていた。
 笑っている?
 何故だか寒気を感じて、椎子はもう二度と振り返らなかった。


 幸いにもそれ以降、誰かに見つかることはなかった。
 だが元の場所に戻らなければ、このまま二人とはぐれてしまうかもしれない。ケフカと鉢合わせないために時間を置くことにして、椎子はそれまで人目に付かないところで息を潜めていることにした。
 座り込んで、ぼんやりと思い浮かぶのは、先程の出来事である。
 助けてもらってしまった……戦争を仕掛けている人なのに。
 いや、逆なのかもしれない。どれほどの好人物でも、国の命令があれば戦わなくてはいけない。どうあっても、争うことでしか解決できないなんてことはないだろうに……そう考えてしまうのは、自分が物を知らないからか。
 考え込んでいると、何だか妙な臭いがしてきた。
「何だろ……あっ!?」
 疑問に思って見回せば、近くを流れている小さな川、その水の色がどす黒く染まっている。ついさっきまでは、透明な清流だったはずなのだが……
 愕然としていると、ガシャンガシャン、と妙に甲高い物音がした。
 だんだん近付いてくる。そっと陰から窺ってみると、やや不格好なシルエットをした大きなロボットが、こちらにやって来るところだった。むき出しの操縦席には、見知った顔がある。
「マッシュさん!」
シイコ、ここだったか!」
 マッシュは椎子の近くにロボットを停止させた。後ろから遅れてやって来る二台にはシャドウと、髭を生やした見知らぬ中年の男がそれぞれ乗っている。
「あ、あの――」
 口を開きかけた時、不意に喉が引き攣れた。激しく咳き込んでしまう。マッシュが顔色を変えた。
「毒に当てられたのか!? 早く脱出しよう、乗ってくれ!」
「は、はい……っ」
 毒? まさか、あの川の色は……
 椎子は差し出された手を取って、マッシュのいるロボットに乗り込んだ。もともと一人乗りなのだろう、狭い操縦席には収まりきれず、座席の背もたれに腰を下ろす。
 ロボットを再び走らせながら、マッシュが座席から椎子を振り仰いだ。
「まだ苦しいか?」
「あっ、いえ、もう平気です」
「ならいいんだが……それにしても、見つかってよかった。こっちはかなり大騒ぎになっちまってな」
「あの、このロボットは……」
「魔導アーマーってんだ。ちょうどいいからぶん取って来ちまった」
 マッシュはいたずらっぽく笑った。しかしそれに反して、椎子の表情は暗くなった。
「魔導アーマー……」
 深刻な面持ちで呟いたきり、口をつぐむ。マッシュは心配そうに尋ねた。
「どうした、大丈夫か?」
「あ、な、何でもないんです」
「そうか? ――っと、おいでなすった」
 マッシュが前方へ視線を戻す。椎子たちを見咎めた兵士がやってきたようだ。
 椎子が緊張に身を強張らせたのと同時に、ガシャガシャガシャガシャ――ッ、と背後からけたたましい金属音が迫ってくる。後方からものすごい速さで魔導アーマーが椎子たちの側を駆け抜けていった。道を塞いでいた兵士の体がポーンと宙を舞う。
「ええっ」
 椎子はぎょっとして腰を浮かせた。
「とっ止まらんでござるぞ――!」
 前を行く魔導アーマーから叫ぶのは、あの髭の男だ。
 男は行く手を遮るものを次々と跳ね飛ばし、陣地を突き進んでいってしまった。後の地面には足跡のように、伸びた帝国兵の姿が点々と続いている。
「ご、ござる……?」
 椎子は唖然とその光景を眺めた。マッシュが呆れたように呟く。
「あーあ、まったく……」
「お、お知り合いですか」
「ああ、ついさっきからな。後で紹介しよう」
「……大丈夫かなあ」
 椎子は魔導アーマーが消えた方向を見やった。
「ま、手間が省けたな」
 マッシュはからからと笑った。


「――ここらでいいか」
 陣地を抜けてすぐのところで魔導アーマーを停止させると、マッシュは操縦席から飛び降りた。椎子も手を貸してもらって、後に続く。
 すでに地面には、シャドウと男が降り立っている。
 何をどうしたのか、男の方の魔導アーマーは半壊している。男は青い顔だった。あの操縦では、乗り物酔いをしたとしても無理からぬことだろう。それほど扱いにくいものなのか、ただ男が不得手なだけなのか――シャドウが平然としているのを見ると、後者のようだ。
「大丈夫ですか……?」
「う、うむ……」
 声をかけると、男はばつが悪そうに頷いた。それから、椎子に向き直る。
「お主は?」
 マッシュが後ろから椎子の肩に手を置いた。
シイコ。旅の仲間だ」
「こ、こんにちは」
 椎子はぎこちなく会釈した。仲間という言葉が、何となくくすぐったい。
「おお、拙者はドマ王国の戦士、カイエンでござる」
「え、ドマって今、帝国と戦争中の……?」
 確かめるように言うと、カイエンの表情に影が差した。
「……ドマは壊滅でござる。ケフカめに、川に毒を流され……」
「そんな――あっ、ご、ごめんなさい……」
「よいでござるよ」
 椎子の手前か、カイエンの声音は至極落ち着いている。だが、体の脇で握りしめられた拳は小さく震えていた。
 椎子はいたわしさに顔を伏せた。あの、毒色の川を思い出す。
 ケフカが――確かに彼は、ドマに対してひどい敵愾心を持っていたようだった。ブレーキ役のレオがいなくなり、暴走してしまったのだろうか。
 マッシュが椎子の頭をポンと叩いて、カイエンの前に出た。
「俺はこれからナルシェに向かう。ナルシェでは、リターナーが帝国へ反撃に出る準備をしているはずだ」
「リターナーが……」
 カイエンがはっと息を呑む。
 椎子には話が見えない。迂闊に二人のやりとりを遮らないように、背後のシャドウに小さく問いかける。
「あの……リターナーって?」
「……反帝国組織だ」
 シャドウは至極ぶっきらぼうにだが、答えた。それでも椎子にはいまいちぴんと来ない。レジスタンスとかそういうものだろうか。考えながら、二人に視線を戻す。
「一緒に来てくれるか、カイエン」
「……是非、協力させてくだされ」
 そう握手を交わす姿は、映画か何かのワンシーンのようだった。
 けれど、二人の間に流れているものは、きっと本物の何かなのだろう。椎子はそう思った。