4.5

 夜の森の闇は、驚くほど濃い。
 それはここが迷いの森と呼ばれているような場所だからなのか、それとも街の灯りがないところではどこもそんなものなのか。椎子にはよくわからなかった。
 迷いの森――ここにやって来て初めて夜を過ごすことになった、帝国軍陣地の南に広がる森である。
 一日中歩いたせいで体は休眠を欲しがっているのだが、椎子はどうしても眠りにつくことができないでいた。
 焚き火の音と、虫の声だけが辺りに響く。
 横たわってじっとそれに耳を傾けていた椎子は、ついに諦めて、寝袋から出た。
 直に地面に座る。すぐ側に焚き火があるおかげで、夜中でもそうは冷えない。何せ、眠りやすいだろうからとわざわざ譲ってもらった場所だ。
 ここまで何の役にも立てなかったのに、そんなことをしてもらうわけにはいかない。何度もそう断ったのだが、マッシュは自分は野宿に慣れているからと言い、カイエンは婦女子を優先するのは当然だと主張し、シャドウは何も言わず、結局押し切られてしまった。
 ……私って相当、お荷物だなあ。
 ついた溜息は、もういくつめになるのかもわからない。
 私はどうして、こんなところにいるんだろう。お父さんとお母さんはどうしているだろう。
 先程からずっと、思考は堂々巡りをしている。遭遇したモンスターのこと、レオとケフカのこと、カイエンから聞いたドマの話、今日一日で起きたことを考えているだけで頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「帰りたいなあ……」
 椎子の呟きは、森の闇に吸い込まれて消えていった。
「――眠れないのか?」
「!」
 予期せぬ声に、心臓が止まるかと思った。つい悲鳴まで上げてしまいそうになったが、寸前でそれを呑み込んで、声の方を振り向く。
「シャドウさん、お、起きてらしたんですか」
 シャドウは火の届かない暗がりで、木にもたれていた。それでも今のはしっかり届いていただろう。そう思うと、この場に穴を掘って入りたくなってしまう。
「……見張りだ」
 ――モンスターが出るからだ。
 おそらくは、椎子を除く三人で順に番をする手筈なのだろう。すぐにそうと思い当たって、椎子はますます肩を落とした。
「寝ないと明日が辛いぞ」
 シャドウの言葉はもっともである。ただでさえ歩き慣れない道で、また皆の足を引っ張ってしまうことになるのは目に見えている。
 しかし、椎子はそれには応じず、別のことを聞いた。
「……シャドウさん、火に当たらなくていいんですか?」
「必要ない」
 すげない答えを返すシャドウに、椎子は口ごもりながら言う。
「えっと……必要なくても、私としてはそうして欲しいんですが……駄目ですか?」
「……何故だ?」
「その、何と言うか……人恋しいなあって」
「…………」
 沈黙。
 恐ろしいほどに間が空いた。
 妙なことを言ってしまったという自覚がある分、気まずい。前言を取り消した方がいいものか悩んでいると、シャドウは音も立てずにやって来て椎子の隣に腰を下ろした。
 椎子はまじまじとシャドウの顔を見て、何度も瞬きをした。
「……何だ」
「あ、いえ、あの、本当に来てもらえるとは……」
「…………」
 シャドウが黙って立ち上がりかけたので、椎子は心底焦った。
「あ、あの、嘘じゃないですよ、さっきのは! ただびっくりしただけで――」
 つい大きな声を出してしまう。椎子はパッと決まり悪そうに口を押さえて、しかしシャドウがとどまったのを確かめると、ほんの少しだけ微笑んだ。
「ありがとうございます。優しいですね、シャドウさん」
「…………」
 黙されると、また失言をしてしまったのかと心配になってくる。椎子は急いで話題を探した。
「えっと、インターセプターは?」
「向こうにいる」
「あ、ほんとだ」
 見ると、シャドウが今までいた木の根元に座っている。
 昼間はモンスターとも戦っていたことだし、頭がよい犬のようだから、主がそうしていたように番をしているのかもしれない。
「こっちに呼ばなくていいんですか?」
「……怖いのだろう」
「た、たぶん、少しは慣れてきたのではないかと……」
 椎子がそう言うと、ややあってシャドウはインターセプターの名を呼んだ。インターセプターはすぐに顔を上げて、こちらにやって来る。
 こうして寄って来られるとやはり怯んでしまうが、自分で思っていたほどではなかった。克服のチャンスだと思い、こわごわと横から手を伸ばしてみる。
「噛みつかれるぞ」
「!」
 椎子はびくっとして飛び退きかけた。体ごと手を引いた勢いでそのまま後ろに引っくり返りそうになるが、咄嗟に手をついて難を逃れる。
 その間も、インターセプターは素知らぬ顔をして前を向いていた。本当に噛むのだろうか、と何とか体勢を立て直した椎子はインターセプターを見つめる。
「フッ……」
 シャドウが短く息を吐いた。
 覆面でよくわからないが、笑われたような……椎子は口を尖らした。
「シャドウさん、あの、本気で怖いのであんまり脅かさないでください」
「怖いのなら近寄らなければいい」
 それはそうだ。しかし、椎子は困った顔をした。
「でもシャドウさんの……えっと、相棒?なんですし、むやみやたらに怖がるのもどうかなって……」
「…………」
「……私、また変なこと言いました?」
 シャドウは今度は黙り込むばかりか本当に立ち上がった。
「あ、あの」
 わたわたしていると、頭の上に手を置かれる。伝わる熱に何故かひどく驚いてしまって、椎子は続ける言葉を失った。
「もう休め」
「え、――は、はい」
 気分を害したわけではないようだが、シャドウはそのままインターセプターを連れて焚き火から離れた。
 椎子はその姿を眺めながら、今しがた触れられた、自分の頭を撫でた。今度は違う理由で眠れなさそうだった。