10.5
「ナルシェまではチョコボを使おう」食事を取りながら今後の行程について話をしている時に、マッシュがそう提案した。
場所はサウスフィガロの酒場である。
「ふむ、そうでござるな」
カイエンが頷いて、賛同した。ガウは話を聞いていないのだろう、食事にがっついている。
……チョコボ。
椎子は口の中で呟いた。語感からすると菓子か何かのように思える。
「あの……チョコボって何ですか?」
右手を半端な高さまで挙げて質問すると、二人の視線が一斉に椎子に向いた。その勢いに、椎子は少しだけ椅子を引く。
「知らぬのでござるか?」
「はい――あ、でも、移動手段なんですよね? 話の流れからして」
「ああ。移動に使うって言ったら、普通チョコボだな」
そんなにポピュラーなものなのか。試しにガウに尋ねてみる。
「ガウくん、知ってた?」
「はう、ひっへへ」
「あっ、ごめんね、無理に喋らなくていいんだよ」
口の端からぼたぼたこぼれるのをナプキンで拭ってやった。
「ガウ、知ってる! きいろ!」
「そうなんだ」
……黄色? 相槌を打ったが、謎は深まるばかりだ。顔中食べかすまみれのガウの面倒を見ながら、椎子は話を続けた。
「どういうものなんですか?」
「そうだなあ……ま、見ればわかるって」
「……そ、そうですね」
マッシュの笑顔を見て、これは最初の反応を見て楽しむつもりなんだろうなあ、と椎子は本能的に悟った。
案の定、ぽかーんとしている椎子を、マッシュは面白そうに眺めている。
「……鳥に見えます」
「それはまあ、鳥でござるから、そうであろうな」
カイエンが真面目くさって応じた。マッシュはそれで我慢できなくなったらしく、吹き出した。
椎子はそんなマッシュよりも、チョコボの方に気を取られている。
「ほんとにこれに乗るんですか? 乗れるんですか?」
チョコボ屋の小屋に放されていたのは、大きな黄色の鳥だった。少しずんぐりとした体形で、愛嬌がある。
……しかし、実際に近寄って見ると、やたら顔が大きいのが怖い。
「ああ、大人しいから心配すんなって」
マッシュは手近な一羽に歩み寄った。椎子もそろそろとついていく。
「触ってみるか?」
「は、はい……」
背伸びして、おそるおそる頭に手を伸ばすと、
「クエッ!」
「!!」
チョコボは大きな口ばしをパカッと開けた。椎子は電光石火で手を引っ込めて、マッシュを仰いだ。
「さ、殺気を感じました!」
「……気のせいだと思うぞ」
「うむ。シイコ殿は少々怖がりでござるなあ」
「ガウ、ガウ!」
全員に否定されてしまった。
とにかくチョコボを借り出して、小屋の外に出た。つれてこられたチョコボには、手綱と鞍がつけられてある。椎子の世界で言うと、馬に当たるような生き物なのだろう。
「さて、乗ろうぜ」
「……あのっ、ちょっと待ってください。イメージトレーニングをします」
心の準備が必要である。椎子はマッシュを押しとどめて、チョコボに背を向けた。これは鳥じゃなくて馬、馬、馬……と、とりあえず念じてみる。
振り返って、チョコボの大きな瞳を見た。
「乗れそうか?」
「無理です」
椎子は馬にも乗ったことがなかった。
「まあ、そう言うと思ったけどな」
マッシュは言うなり、椎子の腕の下に手を入れて、その体を軽々と持ち上げた。
「わあっ!」
「一羽返してくるでござる」
「おう、頼むぜカイエン」
「えっ、ええっ?」
鞍の上に乗せられた椎子は、マッシュと小屋に戻ったカイエンの方を、おろおろと交互に見た。チョコボの上からでは、椎子は少しマッシュを見下ろす形になる。マッシュは手を伸ばして、椎子の頭にポンと手を置いた。
「シイコは俺と一緒な」
「お、お世話になります……」
肩を落とす。
苦手なものがひとつ、増えてしまった。