23.5

 いわゆる武器屋というものに、椎子は初めて足を踏み入れた。
 もっとものものしい場所なのかと構えていたが、店の雰囲気は案外和やかだ。壁には煌びやかな武具が飾ってあり、かと思えば壁際の箱には幾本もの剣が箒か何かのように無造作に突っ込まれている。張り紙の文字は椎子には読めないのだけれども、「3本\1,980」なんて書いてありそうだなあなどと思う。
 セリスのオペラ出演が決まり、開演の日まで、一行はジドールに滞在することになった。
 その間、エドガーとの約束で、椎子は戦えるようになるための特訓をしなくてはならない。魔法はまだ弾みで一度使ったきりだし、無手では危ないとみんなが言う。そこで、まずは武器を見繕ってもらいに来たのだが――
「うーんと……」
 椎子は、たくさんの武器を前にして途方に暮れた。
 剣に槍に刀にその他名前のわからないもの、種類が多すぎて、何を選べばいいのかわからない。付け加えるなら、選んだところで椎子に扱えるのかどうかも疑問だ。
「こういうのは、使い慣れてるものが一番いいぜ」
 頭を悩ます椎子にそう教えてくれたのは、ロックだ。次いで、こう尋ねてくる。
「何か、使ったことがあるのはないのか?」
「えーっと、ハサミとかカッターとか……あっ、あと、包丁とか?」
 無論、武器として使ったことはないのだが。
 正直に答えただけなのに、そしてそもそも質問が無茶振りすぎるのに、ロックは「トンベリか」と言って呆れ顔をする。……トンベリって何だろう。シャンパン?
「それなら、ナイフがいいんじゃないか。 軽いし小さいし、扱いやすい。どうだ?」
「……そう言われましてもですね、じゅっ、銃刀法違反としかっ」
 どう見ても刃渡り十五センチ以上のナイフをぽんと手渡され、椎子は及び腰になった。包丁とは明らかに異なる、ずっしりとした重み。椎子の手の中で光る凶悪なフォルムの刃。少しでも動いたらとんでもない怪我をしてしまいそうで、その場に固まってしまう。
「おいシイコ、その格好でこっちに刃を向けるなっ」
「だ、だってー!」
 半泣きで叫ぶ。
 好きでロックにナイフを向けているのではない。渡された時の姿勢から動けないだけだ。腰が引けているので生まれたての小鹿みたいなポーズでぷるぷるしながらナイフを握り締めていると、横からセリスがひょいとそれを取り上げた。
シイコ、ナイフだと、敵に近接しないといけないでしょう。リーチは長い方がいいんじゃないかしら」
「は、はい……」
 と、今度は剣を差し出され、椎子は固唾を呑んで受け取ったのを
「重ーっ!!」
 取り落とした。
「ごっ、ごめんなさい、ごめんなさい!」
 幸い剣の刃は誰を傷付けることもなかったが、床板を傷付けてしまった。カウンターの向こうの店主に必死に頭を下げる。店主は苦笑いしながら片手を振って許してくれた。
「すみませんセリスさん、私には剣は振れそうにないです……」
「そう……なら、仕方ないわ」
 セリスは少し残念そうだ。しかし、セリスは普段こんなものを腰に佩いたり振り回したりしているのか。セリスの細い腕や脚をつくづく眺めていると、
「――となると、あとは飛び道具かな?」
 それまでことを見守っていたエドガーが言った。
「うーん、私には、難しそうな感じがしますけど……」
 椎子は唸る。狙いどおりに当たる気がしない。とは言え、選り好みはよくなかった。この調子では、椎子に適した武器はひとつもないことになってしまう。
「試しに撃ってみるかい」
「そうですねっ、やってみます!」
 エドガーにボウガンを貸してもらって、張り切って構えてみる。辞書が何冊も入った鞄みたいに重かった。けれど何とか扱えなくはない。これを使うとなると敵から離れた位置にいるだろうから、重量の点には目を瞑っていいはずだ。
 武器屋の中にはこういう時のための的がちゃんと用意してあった。その前に立ち、椎子は矢を向ける。
「肘をつけては駄目だよ、シイコ。もう少し身体を反らして……そうそう」
 エドガーが椎子の肩に手を置き囁いてくるが、余計に狙いが外れると椎子が全力で訴えたのとセリスの無言の圧力により、先生役は一定の距離を置いて指導する運びとなった。そして、
「えいっ」
 かけ声とともに放たれた矢は、そんな対策もむなしく、天井に突き刺さった。
「わーっ、ごめんなさい、ごめんなさい!」
 店主はまたも片手を振って許してくれたが、その苦笑は今度はちょっと引き攣っている。
「……矢の反作用が……グリップの位置を……なるほど、改良の余地があるな」
 エドガーは腕を組み、何やら難しいことを呟いている。
 さらにロックとセリスは意見を交わし合っていた。
「直角ってのはある意味すごいぞ。下に向けて打てば前に当たるんじゃないか?」
「敵の前で無防備な体勢になるのは危ないわ。それに、的が視界に入らなくなるし」
 わ……私の運動音痴っぷりが、真面目に議論されてる……椎子はいたたまれなさにいっぱいになり、がっくりと肩を落とすのだった。