部長が部員をひとりずつ温泉に誘う

「……詩帆先輩。今、何て言いました?」
「温泉のチケットもらったから一緒に行かない?って。鍵介は温泉好き?」
「ええ、まぁ――めちゃくちゃ好きですね」
「ならよかった。混浴もあって、水着だからプールみたいな感じだよ」
「ははぁ、混浴ですか。先輩、ちょっと待っててもらえません?」
「うん」
 詩帆が頷いたと見るや、鍵介は二人の間に浮いていたアリアをガッと掴んだ。
「うぎゃあー! な、中身が出るぅー!」
「あ、ごめん」
 力を緩めても手は放さず、詩帆に背を向けて、ひそめた声で掌中のアリアに尋ねる。
「参考までに聞いておきたいんですが……女子が後輩の男子を温泉に誘うってどういう意味があるんですか?」
「うーんと、そんな深い意味はないんじゃないかなー。部長は今ね、温泉にハマって」
「これって脈アリですよね? いや脈アリなんてどころじゃなくガチですよね!?」
「るんよ……ってちょっと鍵介ー! アタシの話ちゃんと聞いちゃってー!」
 すでに内緒話の体ではなく騒いでいる二人に、ぽつんと取り残された詩帆が問う。
「……鍵介、どうかな?」
「もちろんお伴しますよ! やだなぁ先輩、決まってるじゃないですかぁ~」
「ぐえぇー!」
 勢いで握り潰されたアリアは鍵介のこの浮かれ調子で当日は一体どうなることやらと危ぶんでいたが、いざその時を迎えると鍵介は「はい、先輩」「そうですね先輩」「僕もそう思います」の三言しか発しない頷きマシンと化した。
「ここっていつ来ても全然人がいなくて。メビウスだからお客さんがいなくなっても潰れたりはしないと思うんだけど……ねぇ鍵介、遠くない?」
「はい先輩。そうですね先輩」
「鍵介……アンタ、ヘタレすぎんよ……」
「僕もそう思います……」