部長が部員をひとりずつ温泉に誘う
出禁になった。「ア、アンタたちねえ、人のプライベート温泉で何やってんのよ!? 庶民は庶民らしくもっと分をわきまえなさいよ!!」
「えーと、ごめんね、ミレイ」
「チッ……グダグタうるせぇ……」
「アタシ今回は一緒に行かなかったけどさ……YOUたち何やったんよ……?」
この出オチが書きたかった
というのもあんまりなのでちゃんと書きました
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浴場には誰もいなかった。
男女の暖簾をくぐるまでは人目もあってかにこやかにしていた琵琶坂は、浴場で再会した今では不機嫌指数最大値といった顔つきをしている。そもそも彼は当初、
「誘う相手を間違えていやしないかい。僕も暇ではないのでね、くだらない友情ごっこは同レベルのお仲間同士で楽しんでくれたまえ」
と断りの姿勢を見せていたのだ。それを詩帆が「わかった。じゃあ笙悟を誘ってみるね」と応じたところ、おそらく過去の屈辱からうっかり「行かないとは言ってない」と口を滑らせたという経緯があった。その後も「どうしてそこで佐竹君の名前が出てくるんだ? 理解に苦しむな」などとそれはもう面倒くさかった。
「今は一刻も早くμの居場所を掴むために動くべきだと思うがね。それとも、部長君には現状を打破する素晴らしい名案でもあるのかな。まったく、頼もしい限りだよ」
面倒くさいのは現在進行形で、しかしずっとぶちぶち言っているわりに、詩帆は彼の視線を肌がひりつくほどに感じる。
有り体に言うと、すごい見てくる。脚とか。あと胸とか。
……なるほど、彩声が言っていたのはこういうことか。
得心するのと同時に、琵琶坂もそうであることは少々意外に思う。
「琵琶坂先輩、今度はプールにする? あ、海でもいいけど」
「……君は僕の話を聞いていたのか?」
「聞いてた。けど、ずっと見てるから。水着がお気に召したのかなって」
「…………」
切れ目のなかった皮肉がぱたりと止んだ。
……いささか、自意識が過ぎる発言だっただろうか。沈黙の間に詩帆は考える。自分でも見下ろしてみると、女性特有の起伏はあるにはあるが、残念ながら鈴奈や琴乃には遠く及ばない。理想の世界たるメビウスでこうなのだし、これまで取り立ててコンプレックスを感じたことはないのだけれど……何とか頑張るか。
「もしかして逆の意味だった? μに会ってお願いすればどうにかなるかな」
「何のことだ」
琵琶坂は感情の窺えない眼で聞き返してくる。嘘ばかりで塗り固められた彼は案外いつも感情が明け透けで、今のように静かなまなざしを寄越すのは少し珍しい。
「うーん、私のスリーサイズのこと?」
告げた途端、腕を掴まれた。
引きずり倒されて一瞬湯船に沈められるのかと思った(詩帆の何かが気に障ったのならそのくらいやりそうだ)が、身体は浴槽の縁にとどまる。湯けむりの熱さとタイルの冷たさ。見上げた先の琵琶坂は現在の体勢にふさわしくない、場違いに柔らかい微笑みを浮かべている。
「えっと……なに? 琵琶坂先輩」
「いや、部長君の奉仕精神にいたく感じ入っただけだよ。そうまでして僕を喜ばせようとは、殊勝な心がけだね」
「……うん。まぁ、先輩がそう思ってくれるならよかった、けど」
「だが、そんな手間をかける必要はないとも。もっと手っ取り早い方法を教えてあげようじゃないか」
「えぇ……」
詩帆が困惑の声を上げると、琵琶坂の眼が満足げに、爬虫類のそれじみて細まる――この人は、こういうときにいちばん楽しそうな顔をする。他にも、太陽神殿であの奇妙なクイズに詩帆が正答してみせたとき。彼の個人的な事情に手を貸すと約束したとき……
現実では決してそうではなくとも、このメビウスで詩帆は誰にも負けやしない。心のかたちはどんな時でも手の中に現れる。どんな敵でも打ち破れる。しかし、この場において黒い棘が詩帆の胸を突き破ることはいつまでもなかった。
「働き者の犬にはご褒美をやらないとなぁ?」
そう、詩帆は飼い犬は可愛がる主義なのだ。